ヒグマがいる!【Soothe the Savage Beastプレイログ】

プレイログ

休日のショッピングモールにヒグマが飛び込んできたという速報が、今まさに全国で報道されていることだろう。
私はそこに居合わせた客の一人というわけだ。

私の目の前で、男性の客が巨大な前足のパンチで吹き飛ばされた。
飛び散った血が、私の服にまで降りかかった。

むせかえるような獣の臭いがするが、むせている余裕もない。

熊の牙から血が滴っている。
ゆがんだ口から、牙の白さが見える。

熊がゆっくりこちらに近づいてくる。
針のような黒い毛皮に覆われた巨体が、腰を抜かして座り込んだ私に影を落とした。

【wave1】

7/熊は、子熊を連れている。

熊の巨体の後ろから、つんととんがった黒い鼻先が一瞬だけ覗いた。
それはすぐに引っ込んだが、代わりに丸い耳と、潤んだようなつぶらな瞳が、ずいぶん低い位置から私を見ていた。
子熊だ。こんな人工物だらけのところについてきたというのに怯えた様子もなく、興味深そうに周りを見ている。

大きな熊の黒々とした目が私を見据えた瞬間、その分厚い脇腹を子熊の鼻先がぐりぐりと押した。
乳がほしいというわけでもないようだ。母親の注目を奪っている存在に嫉妬したのだろうか? 子熊は母熊が少したたらを踏んで、どこか困ったようにそちらに注意を戻すまでずっとその脇腹をぐりぐり押し続けた。

母熊は子熊を守ろうとして気が立つものだと思うんだが、この子熊は特別な気がする。人間にもそういう気性の者がいるように、関わっていると何となくなごんで敵意を忘れてしまうタイプなのだろう。

🐻DOCILITY:5→6

【wave2】

13/熊に対して、敵意がないことを示そう。

死んだふりをするべきかと思ったが、いまさら遅い気がする。
私はへたりこんだまま、ハンドバッグとブランド店のショッパーをそっと手放して、ずりずりと後ろに下がっていった。
予約して買ったクリスマスコフレだけど、欲しいならあげるよ。無事に帰れるなら安いものだ。

🐻DOCILITY:6

【wave3】

2/誰かが悲鳴を上げた。熊がそちらに行かないように引き付けなければ。

子供の悲鳴が聞こえた。
小学生くらいの女の子だ。店内放送の内容がわからなかったのだろうか、どうやら上の階からエレベーターを降りてきてしまったらしい。血の海と巨大なヒグマを目にして硬直したまま、下りのエレベーターに乗せてゆっくりと近づいてくる。
熊が太い首を巡らせ、はっきりとエレベーターの方を見た。私の背中を冷たい汗が濡らした。

「わあっ!」

何の芸もなく、ただ大声を上げる。
バカげたこと。こんなことじゃ誰も助からない。きりきりと臓物が痛む、耐えがたい瞬間。

熊が、駆け出しかけた足を止めたようだ。
ぎゃりっ、と、爪が床を削る音がした。

🐻DOCILITY:6

【wave4】

8/猟友会だ…

開きっぱなしで固定されているショッピングモールの大きなエントランスの向こうに、猟銃を持った鮮やかなオレンジのハンティングベストの人物が二、三人見えた。

遠巻きにしている人々の間に、これまでにない緊張が走っている。
その一瞬で、それがわかる。
私は今まさに、食われようとしているのかもしれない……

🐻DOCILITY:6

【wave5】

2/子熊が無邪気に歩き出し、棚に隠れた子供に近づいていく。
ダイスロール/2…危機を脱する。

くあーあ、くあーあ。

子熊が突然甲高い声を上げ、熊と私の間に走った緊張がふっと解けた。

子熊はいっこうに遊び相手になってくれない母熊に痺れを切らし、他の面白いものを探し始めたようだ。まずいことに、さっき稼いだ猶予のうちに棚に隠れた子供のにおいが気になっているようで、鼻をすんすんと動かしてそちらに近づいていく。
子熊と子供が接触したら、母熊の注意はそっちに向かってしまう。
緊張にさらされた子供がヒグマの神経を逆なでする可能性は高い。私が今どうにかしなければ、さらなる惨い事態にもなりかねない。

私は決断を迫られた。
そして、即座に体が動いた。

キトゥンヒールのパンプスを急いで両足とも脱ぐ。
そして、渾身のリズム感で打ち鳴らす。
意外なほど脚に力が戻ってきて、素足で立ち上がりステップを踏みながら硬いヒールを音高くぶつけ、リズミカルな音を響かせる。

くあーん。

子熊が不思議そうに鳴き、つやつやとした鼻先を巡らせた。
小首を傾げて丸っこい耳を揺らし、私の方へあどけない視線を注ぐ。
そして、とてとてと私の方へ寄ってきた。

ぐるっ……

ヒグマの太い唸り声に、また冷や汗がだらだらと湧く。
母熊の視線に貫かれて凍り付くような気持ちのまま、私は名残のように手にしたパンプスをもう一度かん、かん、と鳴らした。
子熊はいつの間にか触れそうな位置まで近づいていて、私に期待するような眼差しを注ぎ続けている。もう一度かんかんと鳴らしてみると、それに合わせてくあっ、と鳴いた。

 

🐻DOCILITY:6

【wave6】

20/熊の怪我に気が付いた。

子熊は私にさらに近づこうしては、母熊のことを気にしてちらちらと振り向く。
母熊はどうやら、人間と子熊が接触するのを嫌がっているようだ。当たり前の話ではあるが……子熊に好かれればどうにかなるという話でもないみたいだ。変に近づけば、即座に排除されてしまうだろう。あの巨大な前足と、赤い口角にギラギラ輝く牙で。

ずっと聞こえ続けている遠鳴りのような低い唸り声が、不穏だがどこか痛々しくも感じられることに気づいた。
私は子熊から視線を外し、ゆっくりと母熊の方を見た。恐る恐る一歩前に出るが、先ほど大声を上げた時のような緊張は訪れない。ストッキングに包まれたつま先が血だまりに突っ込んでぬるりと滑りそうになる。
悲鳴を押し殺し、私はさらに大胆に母熊に近づいた。

獣の臭いに血のそれが混ざる。
真っ黒な毛皮の中に、ちかりと光る何かが見えた。
それは、金属製のニードルのようだ。

(杭打ち銃……それとも、ボウガン?)

連想できたのはそんなところだったが、実際に何があったのかはわからない。
だが、痛いはずだ。熊の腹部には、ニードルが突き刺さっている。
私の小指ほどの長さが露出しているが、肉にはもっと深く潜り込んでいるようだ。

手を差し出すと、熊が大きく反応した。
がうっ、と吐き出された吠え声が鼓膜を打つ。
高まる緊張の中、私の指がニードルに触れた。

🐻DOCILITY:6→8

【wave7】

3/なぜか、この熊に親しみを感じた。

警戒心をあらわにする熊の様子が注射を怖がる子供のように見えて、私は少しおかしくなった。
微笑みを零して、血に濡れたニードルを掴む。

🐻DOCILITY:8→9

【wave8】

18/熊を狂わせている何かに気が付いた。

ニードルはあっさりと抜けた。その瞬間が一番痛いはずだが、熊の太い喉には短い唸り声だけが渦巻いて、それもすぐに消えたようだ。
べっとりと血に濡れたそれを、私は足元に落とした。

くあーん。

子熊が心配そうに小さく鳴いて、母熊に寄り添う。
母熊はわずかに項垂れて、大きな厚い耳をぴくんと揺らした。

「痛かったんだね。それでも、子供を守るために頑張ってた」

慎重に、私はそれだけを言った。
もちろん熊は答えない。そして、私を見ることもなくなった。
その巨体がぐるりとめぐり、後ろに子熊が続く。
ヒグマの親子は突然走り出した。すぐさまトップスピードに到達して、もうオートバイくらい速い。ショッピングモール周囲の人垣が慌てて散らばり、取り急ぎ放たれた銃弾は大きくそれて、熊の姿はすぐに見えなくなった。

🐻DOCILITY:9→10

【生還】

い、生き延びた……
私はへなへなと座り込んだ。
棚に隠れていた子供がそっと頭を出し、私の様子をうかがっている。

「もう、大丈夫だよ」

私は青ざめた顔でぎこちなく笑い、それだけを言った。

「お姉ちゃん、熊さんを助けてあげたの?」

助けてくれてありがとう、ではないようだ。子供の考えというのはなかなか分からない。私は小さく頭を横に振ってそれを否定し、転がっている金属の針を眺めた。きっとそれはどこかの誰かが作ったもの。熊を害そうとして撃ち込まれたもの。熊を狂わせて追い詰めていたもの。それは、まぎれもなく人間がしたことで――

「後始末をしただけだよ」

人間としてね。
今は、そう答えるしかなかった。

このプレイログについて

Soothe The Savage Beast」は、Second Guess Systemを使用した短編ソロジャーナルです。主人公はとにかく野蛮で凶暴で、しかも非常にいら立っている獣と突然対面します。ただ縮こまっているだけでは簡単に殺されてしまいます。主人公は積極的に獣をなだめ、生還を目指します。

生還のためには、DOCILITY(おとなしさ)を10に持っていく必要があります。今回はイージーモードとして、DOCILITYは5から開始しています。(標準モードでは3)

このプレイログでは、獣を「熊・ヒグマ」と呼んでいますが、このジャーナルにおける獣の挙動は実際のヒグマの生態とは大きく異なります。本来ヒグマのゲームではないので……なんなんだヒグマのゲームって。決して真似しないようにしてください。

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