復讐の旅に出るならば、
まず二つの墓を掘っておけ。
私について
私の名はアリサ。
開拓民の娘で、今年で17歳になる。
とび色の髪に緑の瞳、背はあまり高くない。歳より幼く見える自覚はある。だが、誰にも負けるつもりはない。
私が復讐すべき者。
それは、いまさら語るまでもない……
列車強盗に銀行強盗、数百件に上る殺人事件を引き起こしてなお止まらず荒野を暴れまわる巨大盗賊団「アイアンホース」のリーダー……メリンダ・ロウだ。
メリンダ・ロウは30歳の女性。ずば抜けた長身に加え、美しい金髪、豊満な肢体。遠目に見ても目立つほどの美貌は、しかし今や恐怖の的でしかないのだ。
合衆国中のお尋ね者である彼女は、その残虐さを荒野に咲く大輪の花のごとくに誇っていた。
そして、ああ……
私は、復讐を。
なぜ?
私は、何を奪われたのだろう?
私は、何のために、あの女を…
殺したのだろう?
このジャーナルについて
Two gravesは、復讐者が自分の復讐を回顧するソロジャーナルです。
討つべき敵は倒れ、復讐の旅は終わりました。それだけは確かです。
けれど、この旅は一体なんのためにあったのでしょう?
ジャーナル
♣-16/私は、これまでの物語を誰に語ることができるだろう?
私はふらふらと、生まれ育った町へ戻ってきた。
そして、人のいなくなった教会へ赴いた。
埃をかぶった十字架の下で、懐かしい顔が待っている。子供のころから大事にしているロザリオを持った、優しい眼差しの、年上の幼馴染。名前はアイリイ、私の旅を必死になって止めてくれたっけ。
「おかえり、アリサ」
アイリイは悲しみに揺れる瞳で微笑む。
「旅の話を、聞かせてくれるよね?」
「聞いてほしい、アイリイ」
私は呟いて、倒れ込むように座った。
♠-6/私は思い出す。メリンダの暴虐の犠牲になった後のこと…
記憶の中にこだまするのは自分の悲鳴ばかりで……母さんの優しい声も、弟の笑い声も、父さんの笑えないジョークも、もう思い出せない。私の家族の言葉はいつも、古い革に残った刻印のように、ぼろぼろの文字で記憶の中に描かれる。
「ああ、アリサ、どこにいるの」
「痛いよ、お姉ちゃん」
「アリサ、ぶじで」
血にまみれた家族の唇。青ざめて、ぴくりとも動かなくなる。私は震えて、うずくまって、泣き声を上げることさえできない。
爪先が浸った血だまりが冷え切っていく。この血は父さんの、母さんの、ああ、弟の……
すべて失われていく。体から力が抜ける。跪いて、何も映らない瞳で、空を見ていた。
暴虐の女ガンマン、メリンダ。
私がその名を知り、復讐の炎が魂魄に宿るのは、もっと先の話だ――
♦-8/復讐を果たそうとした私が、最初につまずいたことは何だっただろう?
「メリンダ・ロウ……」
埃の舞う夕方のサルーン。差し込む日差しが埃を輝かせている。情報屋の顔は帽子のつばが落とす影に隠れて判然としないが、その唇は引きつったように笑んでいた。
「そいつが、私の家族を殺したってことね」
「そうさ……そして、俺に言えるのはここまでだ」
情報屋は突き放したように言って、軋む椅子の背に背を預けた。
「お嬢ちゃん、メリンダを殺るつもりなのかい」
「そんなことを聞いて、何になるの?」
くくっ、と、情報屋は笑う。
「悪いことは言わねえ、やめときな……このくだらねえセリフを言ってやるべきかどうか、迷ってたってわけだ」
「そう、しまっておけば?」
「そうもいかねえのさ」
情報屋の手が、その腰のガンベルトに伸びる。
――私の方が、少しだけ早かった。
銃声が二度響く。私の銃弾は男の腹を貫き、男の銃はほぼ手から取り落されながら放った銃弾を床に撃ち込んだ。
「……メリンダ・ロウに歯向かうやつを、そうと知って看過していたなら……」
情報屋は塵の積もった床に倒れ伏し、血の塊とともに言葉を吐き出した。
「俺も殺される。こうするしかなかった」
「……あんたは私を殺そうとした。同情はしないよ」
荒野の大悪党、メリンダ・ロウ。彼女の恐怖は、この荒野に暗雲のごとく垂れ込めているようだ。
これからの長い旅で信用できる味方を見つけるのは、ほぼ不可能だろう。それを噛みしめながら、私はサルーンを出た。
♥-3/私の人生における初めての記憶。
私たちはありふれた開拓者の一家だった。
幼いころの私は、弟の子守りを任されることが多かった。
復讐の旅の中、降り注ぐほどの星空の下で過ごしたいくつもの夜の中で、時折遠い夢を見た。
春の日差しに包まれた開拓地。
揺りかごの中の弟の寝顔。
丸っこくて柔らかな頬。
私にも、こんなほっぺたをしていた時期があったのだろうか。私は弟をじっと見ながら、自分の頬をむにむにと摘まんで……
「アリサ、かわいいお顔ね」
少し離れて家事をしていた母さんが、からかうように言って笑った。
♠-3/私は思い出す。メリンダに無力感を刻みつけられたあの時のことを…
――幸せな記憶が途切れた途端に、強い痛みが襲ってくる。
私は悲鳴を上げて地面を転がった。銃弾で爆ぜた肩から流れる血が、私の動きに追随して飛び散る。立ち上がることもできない無力でちっぽけな女を、悪党たちが遠巻きに眺めている。
「一丁前に銃は使えたみたいだね」
メリンダが愛銃の硝煙を吹き、蔑むように目を細めて笑った。
「だが、その程度じゃこのメリンダ様には勝てやしないよ」
「メリンダ……メリンダ・ロウ!」
血を吐くように、私は叫んだ。
「あたしの家族を返して!」
「そいつはできない相談だねえ」
メリンダの喉が、クッ、と音を宿す。
「だが、同じところに送ってやることはできるよ。そいつがガンマン流の始末のつけ方ってやつさ」
「……!」
「震えてるのかい? 勇ましいお嬢ちゃん」
メリンダは興を失ったように銃を仕舞い、背を向けながら手下へ告げる。
「その娘、お前たちの好きにしな。用が済んだら殺していいよ」
♣-5/私はもう、悪夢を見なくて済むだろうか?
その後に起きたことは、何度も悪夢に見ている。
多分、これからもずっと。
♠-4/私は思い出す。メリンダが私にどのような傷を残したか…
「肩の傷は、もう平気なの?」
アイリイが私の顔を覗き込んで尋ねる。私は頷きもせずに上着を脱ぎ、シャツをはだけて、船傷に埋め尽くされた肩口を見せた。
「力仕事は、もうできないよ」
「アリサ……」
私は服を着なおしながら、肩をすくめて笑った。
「大したことじゃない。この傷も、復讐も、私が選んだものだよ」
♣-8/私はこれから、どのように生きていくことを選ぶだろう?
「これから、どうするつもりなの?」
アイリイが俯いて尋ねる。
「そりゃあ、人殺しに居場所なんてないかもしれないけどね」
「そんなこと、誰も言ってない……」
アイリイ。私の優しい幼馴染。私の力の入らない片手を、暖かで優しい両手で包んでくれる。
「一緒に暮らそう。アリサが働き者のいい子だってことは、私が一番よく覚えてるから」
「アイリイ……」
出来るのだろうか、私に。殺しを忘れ、銃で誰かの額を狙うことを忘れ、硝煙のにおいを忘れ。穏やかで質素な開拓地の暮らしになじんで、慎ましく生きることが。
それはメリンダを殺すことより、ずっと難しいことのように思えた――
♠-5/私は思い出す。凄まじい高揚が去った、あの一瞬のこと…
メリンダの手下を打ち倒し、私はもう一度メリンダに挑んだ。
そして、今度は勝った。
私が放った銃弾がメリンダの頭蓋を割り、希代の悪党はいともあっけなく物言わぬ屍になった。
勝利の高揚が全身を駆け抜け、これまでの記憶が頭を駆け巡り、私は叫んだ。
そして、唸りながらゆっくりと膝から地に伏せ、咽ぶように泣き続けた。
誰も私を妨げはしなかった。立ちはだかる敵をすべて殺してきた私を、狙う者などいなかった。
それはひょっとしたら、真の孤独だったのかもしれない。血塗られた生から解放される唯一の手段を、私は自ら手放してしまったのだ。
私の復讐の話は、これでおしまいだ。
私はこれから、どうやって生きていくのだろう?
ENDGAME…4/そして長い時が流れる。落ち込んだりもするけど、私は元気だ。
――この開拓地の教会は、老シスターとその親友の老婆二人で切り盛りしているらしいよ。
気のいい、お優しいシスターさ。困ったときはみんな、なんでも相談しに行くんだよ。
なんだって?
シスターに相談したところで、何も解決なんかしないだろうって?
まあ、あんたの言いたいことはわかるさ。
開拓地で起きる血なまぐさい面倒ごとなんて、主の教えとシスターの慈悲だけで片付くことばかりじゃない。
だがねえ、不思議と片付くのさ。
この開拓地には、悪人は居つかないんだ。何かやらかすと、すぐにとんでもなく痛い目に遭う。そして、改心しない限りそれが続くんだ。
特にシスターに相談すると、効果はてきめんってやつだ。その日の夜にでも、悪人に天誅が下るのさ。
なに、そう怖がることじゃない。
天はいつでも、真面目に働き続ける人間の味方をしてくれるからね。
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