Apothecaria-魔女見習いの少年1

アポセカリア プレイログ

Apothecariaとは

Apothecariaは、BlackwellWriter制作のソロジャーナルです。平和な村の駆け出しの調薬師、いわゆる「Village Witch(村魔女)」となり、ユニークな患者たちを診察し、様々な神秘的な場所を探索して素材を集め、村の人たちに信頼され交流しつつ、ジャーナルをつづります。
プレイにはトランプ(ジョーカーあり)1組を使用します。

導入

「これを読んでいるということは、私はおそらく行方不明になっているか、死んでいるかのどちらかでしょう。せめて、ただの行方不明であることを願います。

直接説明できればよかったのだけど、いつだって人生は先が見えないものだから。この日記が、あなたを導くことを願っています。

そうね、まずはハイラノックへようこそ!ここはいい場所です、たとえここに住む人々が、他よりちょっと災難に見舞われやすいとしてもね。あなたには村の魔女として私の代わりを務め、彼らがどこかでうっかり拾ってきてしまった怪我や病気を治す責任があります。

安心して、そんなに難しいことじゃないから。まず彼らが何に悩んでいるかを見つけ出して、それに効く薬を作るための素材を確認するの。あなたがこれまで学んできたことによっては、この日記に書かれていることは……まあ、簡単すぎるし、単純すぎて、バカにしてるのかって思うかもしれないわね。」

日記には、様々なことが書いてあった。
けれど僕は、ただ呆然として、炉に置かれっぱなしの冷え切った調合鍋を、埃を透かした日差しが照らしているのを見ることしかできなかった。
「お師匠様……?」

僕の名はジェイス、魔女見習いだ。お師匠様のもとで雑用に励みながら、村魔女としての知識を学んでいた。
そして、この日記は、村魔女としての僕の生活をつづるものになる。そうなってしまったのだから、全力を尽くすしかない。いずれ村魔女になるつもりだったんだから、早いか遅いかの差だ。
もう僕は腹をくくった。そして、日記の最初のページを開いたのさ。

現状確認

お師匠様はいくつかのものを残してくれている。まるで、自分が突然姿を消す日を予見していたかのように。

まず最初に目についたのは、壁に貼られている大きな羊皮紙だ。銀の粉を混ぜた青いインクで複雑な魔法陣が描かれている。これは僕も何度か目にしたことがある。使い魔を呼び出すための儀式の道具だ。
ハイラノックの人々の病気を、僕一人で引き受けるのは荷が重い。お師匠様には使い魔の黒猫がいたはずだが、彼女の姿も見当たらない。僕だけの使い魔を呼び出す必要があるだろう。
魔法陣の裏に、お師匠様の走り書きがあることに気づく。
「日当たりのいい丘の上で、白い花崗岩とアイリスの花で円を作り、その中央に魔法陣を置き、呼びかける声に耳を澄ますこと」

村魔女の小屋には、患者を横たえるための狭い木のベッドと、調薬のための簡単な施設がある。
乳鉢と乳棒、魔女の大釜、蒸留器。どれもいい品物で、古びているが十分に用をなすだろう。
これで素材を「挽く」「煎じる」「蒸留する」ことができる。薬を作るときには欠かせない道具だ。

素材を集める場所への地図は、日差しで劣化してぼろぼろになっているが、まだドアの裏にしっかり張り付けられている。
まず「グリマーウッドの森」。ここは妖精の領域だ。差し込む日差しは緑色で、足元は木の根っこででこぼこ。薬草、キノコ、樹液などが採れるだろう。
丘を越えた先には「メルトウォーター湖」。澄み切った水を湛えた氷跡湖だ。静かな水面の下に、様々な水生生物が賑やかに暮らしている。
このハイラノックの村の背を守るようにそびえ立つ山脈に沿って行けば、「ムーンブレイカーマウンテン」に行くことができる。その山頂が月を擦ったところを見た者がいるというが、証拠のない与太話だ。
ヒーローズホロウ」……ハイラノックの子供たちの肝試しの場所としておなじみだ。崖のどてっばらに陰鬱な石造りの門を開放し、その奥は闇に呑み込まれている。薬の材料だけでなく、色々なものが見つかりそうだ。

僕はとりあえず魔法陣を持って、召喚の儀式のために出かけることにした。

召喚の儀式

花崗岩の石切り場がすぐ近くにあることを知っている。足元に落ちている石くずでも十分用をなすはずだ。一抱えの石ころをかごに入れて、丘の上を目指しながら花を摘んだ。
子供が遊んでいるみたいで、少し恥ずかしくなる。一流の魔女なら、こんなことなんか気にしないのかな。
石と花の輪を作って、魔法陣をその中央に置く。陽だまりの中に座り込むと、なんだかのどかな気持ちで眠くなってきた。召喚の魔法って、こんな暢気なものでいいんだっけ?
目を閉じて、耳を澄ます。意識がたゆたい、あたたかなものが手に触れた。

…♣の4
…イヌ科

「わん!」
嬉しそうな声が聞こえて、はっと目を開ける。
最初はオオカミかと思ったけど、こんな寸詰まりなオオカミはいない。ちっょと尖った鼻づら、くりくりした黒い目、こんがり焼いたパンみたいな毛並み、くるんと巻いた立派な尾。
へっ、へっ、と弾む息が聞こえる。
犬……それも、なんだかとても、能天気そうな犬だ。本当に僕が召喚したのだろうか?目を閉じているすきに迷い込んできただけの野良犬ではないだろうか?

…♣の3
…偵察者 – すべての病気のタイマーを2増加させる。

僕の目がだんだん猜疑心に染まっていくのに気付いたのだろうか。
犬は慌てたように僕に近づき、もう一度「わん!」と鳴いた。

「ご主人、私はすごく役に立つんです!」

売り込みまで始めた。お師匠様の気高い猫なら絶対やらないことだ。僕は困惑して頬を掻いた。

「役に立たないとは言ってないよ、まだ」
「役に立つから言っているんです!」

犬が胸を張ると、ふわふわの毛並みが日差しを受けて輝いた。

「ご主人が探しているものを見つける手助けなら、私ほどの適任はいません! 私の鼻はどんな素材でも探し当てて、ご主人にそれをワンワン吠えて教えますからね。尻尾も振るからわかりやすいです」
「尻尾、振ってみて」

ふわふわのしっぽが、大掃除の時のはたきより豪快に揺れた。

「本当だ」
「わかっていただけましたか!」
「うん、よくわかった」

現状を受け入れて努力することが幸せへの近道だ。僕は使い魔の頭を撫でて、召喚の輪から立ち上がった。

春/第1週

診察

…♥の8

「ご主人、大変です!」
小屋に帰り着くより先に、使い魔が走り出した。僕は慌ててその後を追って走る。
小屋の前には、女性が倒れていた。修道女の身なりをしていて、顔色がひどく悪い。年齢は20代前半くらいだろうか。
慌てて室内に運んで患者用のベッドに横たえ、毛布をかぶせて、炉に火を入れて空気を温める。かすかに意識を取り戻した唇にぶどう酒を流し込むと、一口、二口、と呑み下して、女性はゆっくり目を開けた。

「ここは……?」
「村魔女の小屋ですよ」
「あなたは、魔女ではないでしょう?」
「魔女です。薬を作ったり、病気を治したりするのが魔女だってことならね」

自信満々な態度で言う僕の隣で、使い魔は尻尾をぶんぶん振って誇らしげに「わん!」と吠えた。
女性は少し迷ったような顔をしてから、起き上がってベッドに腰かけ、話を始めた。

女性の名前はクラッサ・クタナ。ハイラノック近くの修道院で神の教えに従う修道女だ。
クラッサは昨晩、神の教えに背いた罪を犯した。色々あって修道院の中に招き入れた、美しい男性。それがなんと、吸血鬼だったのだ……

「ちょっと待ってください」

僕は黙って聞いていられず、口をはさんだ。

「修道院に知らない男の人を入れたんですか? どんな経緯で?」
「……子供にはわからないことなんですよ」
「神の教えなら、僕だって少しは知ってますよ」
「でも、それとは別に勢いってものがあるのよ。こう、お酒とか……いい男だったり……暖かくなってきたけど、物陰でいちゃつくにはまだ肌寒い季節で」
「……」

確かに僕にはわからないことのようだ。僕は諦めて、先を促した。
客人は夜明け近くまでは、ただの美しく魅力的な男性だった。しかし、夜明け前のカラスが鳴くとともに、彼は本性を現した。その牙が夢心地のクラッサの首筋に突き立ち、血をすすり、飲み干した。
失神したクラッサは床に倒れた。吸血鬼は窓から飛び去って、そしてその窓は閉められなかった……運の悪いことに、彼女は裸だった。靴下だけはつけていたらしい……客人の要求で。

「そんなこんなで風邪を引いたみたいで、悪寒がしてたまらないんです」
「風邪どころの騒ぎじゃないですよ!」

僕はまた声を上げる羽目になった。
大変な患者が来てしまった。彼女は[血]を大量に失っている。[寒さ]に苦しめられていて、人間らしい[感覚]が危機に晒されている。
これらを治療できる薬を作らなければならない。

患者1:クラッサ・クタナ/修道女/吸血被害 – [BLOOD(血)] [COLD(寒さ)] [SENSES(感覚)] – タイマー: 8

素材の検討

体を温め、悪寒を癒す薬は色々あるが、入手が難しいものが多い。幸い、今は春先だ。「巣の破片」を手に入れることは、ほかの季節より容易なはずだ。ムーンブレイカーマウンテンに生息するラノック鷹の巣に混ぜこまれているある種の成分は、悪寒と火照り両方に効くことで知られている。
ムーンブレイカーマウンテンに向かうなら、「冷笑蔦」も一緒に探せるかもしれない。岸壁に這っている、紫がかった硬いツタだ。これを煮詰めると鎮静剤の一種になる。高ぶったり、狂ったりした神経系を一旦ぴったりと凪にするのだ。吸血被害でおかしくなりつつある彼女を落ち着かせることができるだろう。
しかし、何より大事なのは血を造ることだ……これに使える材料は思ったより少ない。今の不慣れな僕が問題なく見つけられるものはもっと少ないと思う。確か、メルトウォーター湖で見つかる「金鱗グッピー」が、造血剤になるはずだが……確か、弱い毒性も持っていた。服用するとしばらくはおなかが緩くなったり、立ち眩みを起こしたりするのだ。だが、このまま残り少ない血を吸血鬼の呪いに蝕まれて人間でなくなってしまうよりはいくらかマシなはずだ。

・巣の破片-ムーンブレイカーマウンテン/難易度4
・冷笑蔦-ムーンブレイカーマウンテン/難易度9
・金鱗グッピー-メルトウォーター湖/難易度5 毒性2

僕はメモをポケットに突っ込んだ。使い魔はすでにドアのそばで尻尾を振って僕を待っている。
彼女を治すためのタイムリミットは「8」だが、使い魔の効果で「10」まで延ばされる。それでも油断は禁物だが、落ち着いて着実に素材を探せるはずだ。
まずは金鱗グッピーを探そう。僕はメルトウォーター湖へ向かった。

探索:メルトウォーター湖1

…♥の7

明るい日差しの中で、メルトウォーター湖の透き通った水はきらめいていた。僕は小さな網を手に、それを見渡していた。
泳がなければ捕まえられないんだろうか。不安な顔をする僕をよそに、使い魔は浅い水に飛び込んで転がりまわり、はしゃいでいる。
僕がしばらくそれを眺めていると、使い魔は突然立ち上がってきりっとした顔になり、僕のもとへ走ってきた。

「この水に危険はありません!確認済みです!」
「もうちょっと遊んでていいよ」
「えっ本当ですか!?やったー!」

すぐに水辺に戻る使い魔を呼び戻すことはなく、僕はためいきをついて服を脱ぎ始めた。

金鱗グッピーを薬を作るのに必要なだけ捕まえられたころには、日が暮れようとしていた。
まだ春先で、日が傾くと冷え込む。僕は小さくくしゃみをして、体を拭いた。

「ご主人!おさかな、捕まりましたね!」

嬉しそうな使い魔も拭いてやろうとすると、突然猛烈に身震いして水滴を飛ばしてくる。間近でそれを浴びて、僕は思わず抗議の声を上げた。濡れたところが冷えて寒い。
暮れゆくメルトウォーター湖に、霧が満ちる。澄み切った水面が覆われて、夕日がぼんやりと拡散し周囲を覆う。闇の中を歩いて帰るより、ここで野営をしたほうがいいだろうか。焚き木を集めるために僕が歩き出そうとしたそのとき、使い魔が元気よく「わんっ!」と吠えた。

「ご主人、船ですよ!」
「え?」

大きな船の影が、霧の向こうに見える。僕は思わず目を擦った。
メルトウォーター湖の近隣の村が、行き来や漁のために小さな船を使うのは知っている。だが、この船の影は明らかに異常だった。どう見ても、大海を航行する立派な帆船だ。この湖にはそぐわない。

「おーい、ボウズ!」

霧の向こうから声がかけられた。向こうには僕が見えているのか?
湖の中には忽然と艀が現れ、船から縄梯子が降ろされたのが物音や船員の影で分かった。
呼ばれている。湖の中の幽霊船に。

「ご主人、行きましょう!」
「まあ、行くつもりだったけどさ」

実のところ、ちょっとだけわくわくしていた。湖で泳ぎ回って魚だけ採って帰ることになると思っていたけど、やっぱり魔女の人生には驚きが満ちているんだ。
僕は艀に乗り込んだ。艀にはいつのまにか櫂を持った男が座っていた。古臭い毛皮の服を着て、鉄の兜をかぶっている。その目元は見えないが、無精ひげの口元がにんまり笑って、白い歯が見えていた。

「客を乗せるのは久しぶりだぜ」
「どのくらいぶり?」
「最後に乗せたときは、まだあの湖とあの湖がつながってたっけなあ」

メルトウォーター湖は小さな島で区切られていて、いくつかの湖が孤立している。男が指した先は霧の中で何も見えなかったが、十年や二十年じゃ効かないほど前のことなのだろう。
艀が霧の中に消え、ほどなく僕は使い魔を背中にしょって幽霊船の縄梯子を上った。黒ずんだ木造の船体は磯のにおいがして、フジツボや海藻が張り付き、意外とカラフルだった。

「ようこそ!」

甲板に男たちが座っている。焚火が炊かれ、鍋が煮えて揺れていて、空っぽになった酒樽がいくつも横倒しになっていた。男たちはみな背が高く、逞しくて、鉄の兜を目深にかぶっていた。
肉をきれいになめとられた鳥の骨を皿に放り投げて、ひときわ大きな男が立ち上がる。

「よく来たな、坊主。臆病者じゃあなさそうだ」
「そっちこそ、けちんぼじゃないことを祈るよ」

僕が肩をすくめて言うと、どっと笑いが起こった。

「客人はおもてなしをご所望だ!ラム酒は飲めるか、坊主?」
「もちろん」
「アホウドリの塩ゆでは食ったことあるか?美味いぞ」
「黒コショウを振ってよ」

次々に話しかけられるたびに注文を付けて、男たちの輪の中に混ざって座る。

「坊主、お前は何者なんだ?」

銅の盃にラム酒を注いでもらいながら、僕は質問に答える。

「魔女だよ」

男たちの中に、ざわめきが広がる。

「魔女?」
「魔女だって?それじゃあ海を割ったり、山を崩したり、毒の雹を降らせたりできるのか?」
「お姫様に呪いを掛けて、国を滅ぼしたことはあるか?」
「いやいや、悲劇の運命を予言してほうぼうを回り、戦を起こしたに違いない」

男たちの出身地には、村魔女はいなかったのだろうか。どうやって病気を治してたんだろう?不思議に思いながら、僕は淡々と答えてラム酒を口にした。

「僕はハイラノックの村魔女さ。病気を治すのが僕の仕事だよ」
「ふふん、そいつはいいや。俺たちは冒険家だ、地図の空白をなくすのが俺の仕事さ」
「どんなところを旅したの?」
「そりゃあ、色々だよ」

男たちは、色々な話をした。

海の西の果てには雲が湧き出る風穴があり、嵐の巨人はそこで雲浴びをするという。地図を埋めがてら、この船一番の力自慢が風穴に乱入し、嵐の巨人と相撲を取った。勝負は3回物別れに終わり、4回目になって船員が嵐の巨人を投げ飛ばして海に放り込んだ。巨大な竜巻が海の水を含んで空まで届き、それが大陸のほうまですっ飛んでいくのが見えた。あれはきっと大惨事になったはずだ、と照れ笑いで力自慢は締めくくった。

鷹に変身する能力を持つ部族が住む、小さな島に着いたこともある。彼らは猜疑心が強く、殺されそうになったが、故郷の歌と踊りをみっちり半日ほど見せたら疲れ果てて態度が優しくなった。彼らは毎朝鷹に変身して空を駆け巡り、雲の上でさえぎるもののない日差しを浴びて帰ってくるのだという。それをできなくなったときは、もう死期が近いのだと。

絶海の孤島に建てられたきらびやかな宮殿へ招かれたこともある。そこには誰もいなかったが、贅を凝らした室内には食事と酒が用意され、定期的に奇妙な文字があちらこちらに浮き出て、冒険家たちに何かを訴えかけていた。文字が読めないため意思疎通の手段を色々考えて、鏡を用意してみたら、鏡に美しい女の姿が現れて何かを語りかけ始めた。そこまではいいのだが、長旅で女に飢えた好色家の船員が思わず鏡に飛びついてそれを割ってしまった。ついに宮殿の機嫌を損ねた冒険家たちは、突然豪風をたたきつけられて宮殿が追い出され、気が付いたら何もない島で目を回していたという。

「冒険家って、けっこうロクでもないね」

僕はスパイスで埋もれた鳥肉にかぶりつきながらぼそりと言った。

「自慢話も同じやつ相手だと退屈で仕方ねえ。聞き手が新しいと舌も回るぜ」

冒険家の幽霊たちは、そろって馬鹿笑いをした。

朝日が昇る。幽霊たちはみんな泥酔して眠りこけている。
僕がそっと立ち上がると、隣でうつらうつらしていた力自慢の冒険家が顔を上げた。

「実のところ、俺たちはもう何千年も冒険なんかしちゃいないんだ」

酔っ払いとも思えない、静かで澄んだ声だった。

「この船は沈んで、海の底でばらばらになった。潮流がこの船の残骸を孤立させた……この山奥の湖にな。もう海には戻れない。船がここにある限り」
「狭い湖で、退屈?」

僕は使い魔の頭を撫でて、尋ねた。

「冒険に行くのも楽しいが、次の冒険は何にするか話す時間がずっと続くってのも悪くねえさ。気の合う仲間と一緒ならな」

にやりと笑う幽霊に手を振って、僕は縄梯子を降りた。

…所持素材「金鱗グッピー」
…採取ポイント1
…タイム 1/10

探索:ムーンブレイカーマウンテン1

…♣のJ
…採取ポイント0
…タイム 2/10

ムーンブレイカーマウンテンへの旅路は、短くはなかった。僕は途中で追加の食糧を買い求め、野宿をする羽目になった。使い魔は新鮮な肉を食べたがるので、苦労に苦労を重ねてウサギを一匹捕まえた。
口の周りを血で汚してすやすやと眠る使い魔が少し不憫で、次からはちゃんとした肉を買ってこようと心に決める。

ムーンブレイカーマウンテンに着いて、僕はまず冷笑蔦を探すことにした。
冷笑蔦は切り立った崖に生える。短い根をぴったりと堅固に張って、手で剥がそうとしたら擦れて怪我をするほど頑丈だ。靴ひもを結びなおして崖の下に回り込み、その紫の蔦を探す。周囲は大岩がごろごろと転がっていて、僕の背丈を超えるほどのものもあるから視界はすこぶる悪い。岩が集まっていると完全に行き止まりになるから、まるで迷路だ。
それでもなんとか崖に近づき、紫の蔦を見つける。それは高いところに生えていたが、運よく近くには登れそうな傾斜のついた大岩があった。僕は大岩をよじ登ると、腰に下げた山刀を蔦の下にねじ込んで、針金より硬い根をぶちぶちと切る。
冷笑蔦を一巻き手に入れてポーチに押し込んだ時、僕は異変に気付いた。

ご、ご、ご……

足元が揺れている。僕が昇ってきた大岩が。
砂塵に覆われていた窪みが、ぴかりと青い光を宿した。それは磨かれた石で造られた、生命なき瞳だった。

「ゴーレム……!」

僕は驚いて声を上げた。どうやら僕が踏んづけているのは、壊れかけのゴーレムらしい。その動きは巨体に見合わずひどく弱弱しくて、もがくような仕草は救いを求めているかのようだ。
僕は驚きを抑え、いったん落ち着いて、その場に膝を突いた。窪みの向こうで光る青い瞳と目を合わせる。

「僕を振り落とすことくらいできただろうに、しなかったんだね」

石の瞳に感情はない。そして、敵意もないように見えた。

「時間ができたら、お前を助けに来てやるよ。こんなところで独りぼっちなんて、ひどいもんな」

僕の言葉は届いているのだろうか。ゴーレムの石の瞳は光をゆっくり失い、また眠りについたようだった。

…所持素材「金鱗グッピー」「冷笑蔦」
…採取ポイント1
…タイム 3/10

探索:ムーンブレイカーマウンテン2

…♠の4

ラノック鷹の巣から破片を手に入れるのは簡単だった。巣を壊さないように控えめにいただいて、僕はよじ登った崖を降りた。
患者の病状の悪化までは余裕がありそうだったが、万一ということもある。早く帰って薬を作らなければならない。僕はポーチの中身を確認して、山道へ戻った。断崖に切り開かれた険しい山道を戻っていけば、より安全な平野の道に出るはずだ。

ムーンブレイカーマウンテンの3合目にさしかかると、大きな「旅人の石」が目に入った。断面を磨いた大きな黒い岩に、青白く輝くルーンが刻まれている。ごく微弱な効果ではあるが、この旅人の石には魔法がかけられている。この石の周辺は気温が穏やかで、強風や雨粒もはじかれ、この近くで休息すると体力の賦活が早くなる。
険しい道を歩き続けて、足が疲れていた。休むならちょうどいいだろう。僕は旅人の石の近くに置かれた平石に腰掛けて、ブーツの紐を結びなおした。


旅人の石の近くには、先客がいた。こんな荷物でどうやってこの天険を越えるのだろう、そう思うような大荷物を抱えている。

「こいつは驚いた」

赤い鱗のリザードマンが視線を向けると、大荷物から下がっているガラスのチャームがちりん、と鳴った。

「こんな山奥で行き会うとはね」
「僕も驚いてるよ」

思わず、思ったままを口にする。

「引っ越しみたいな荷物を抱えて、この先の山道の危険さを知らないんじゃないかと思っちゃうけど」
「この先の道は知ってるさ。そして、危険じゃないってことも知ってる……この私にとってはね」

リザードマンは、肩をすくめた。僕はその大荷物をまじまじと見る。どうやら丁寧な梱包や防護が施されているようだ。旅の商人といったところだろうか。

「商人にとっての一番の危険は、荷物を失うことだよね。崖を歩いて、荷物を落としでもしたら」
「崖は歩くが、荷物は落とさないさ」

挑むように笑いかけてきて、にべもない。僕はますます興味をそそられ、石の上で居住まいを正して、腰に下げた荷物から残り3つになつていたベリーのスコーンの1つを差し出した。

「甘いもの、嫌いじゃなかったら」
「大好きさ、ぴかぴかの銀貨の次にね」

リザードマンは鷹揚にうなずき、僕の特製のスコーンを長い黒い爪が生えた手で受け取った。

「君はどうやら、私のような種族を見たことがないな」
「リザードマンは、僕の住む村にはほとんどいないね。話くらいは聞いたことがあるけど」

素直に僕が答えると、リザードマンは笑い出した。

「はっはっは!私がリザードマンに見えていたのかね。それじゃあ心配もするわけだ、悪いことをしたね」
「リザードマンじゃないってこと?」

僕が尋ねると、リザードマンの赤い鱗がじゃらっ、と鳴り、逆立ったのが見えた。
渦巻く炎がいくつも起こり、ちりっ、ちりっ、と空中の水気を鳴らしながら揺らぎ、消える。細かい鱗に縁どられた瞼の下の瞳が眩い金色を宿し、薄く開いた口の中で鋭く長い牙が白々と目に焼き付いた。
威風。そうとしか呼べない風が吹き抜ける。大柄とはいえ成人男性と頭一つも違わない程度の体格だったその旅人が、天をも衝くほど大きく見えた。
僕は全身を冷たい汗に濡らして、平石の上からずり落ちそうなほどあとずさっていた。

「我は最も古き竜、ゾッチカトル。天険にすさぶ風こそ、わが故郷の風」

その宣言は思っていたより軽やかで、明るく、しかし存在を揺るがすほどの迫力に満ちていた。
風に揺れたチャームが涼やかに鳴る。その一瞬で空をも翳らせるかと思われた迫力はなりを潜め、旅人はまた元通りそこにリラックスした様子で座っていた。

「財宝を集めるのが習い性でね。終わりなき生の手慰みに、こうして商人をたしなんでいるのさ」
「ゾツチカトル……」

僕はお師匠様ほど伝承には詳しくないが、その名前は聞いたことがある。現在のドラゴン族の祖、神と竜の分岐点に存在する竜神だ。

「なんだね、私の荷物に興味がありそうだ。何か買っていくかね?」
「い、いや……神様が、どんなものを売り買いしてるんだろうって。気にもなるでしょ」
「よくぞ聞いてくれた!」

ゾッチカトルは声を弾ませ、意気揚々と荷物を下ろしてきた。

「これが砂漠の国のアクセサリー、赤い石は炎除けで黄色い石は雷除けだ。こっちは魔法はこもってないが綺麗だぞ、銀のネックレス……そうそう、お人形さんは好きかね?木製のかわいい人形で、ほら、ひとつひとつ顔が違うんだ。髪もしっかり作ってあるから髪型を変えられるんだぞ。ああ、お守りなんかも……」
「……」

普通だ。ほぼほぼお土産屋さんに並んでいるのと同じラインナップみたいだ。
ぽかんとしている僕を前に、古き竜の神は自慢の商品をずっと紹介し続けた。

「ふーむ、今日の客は財布が固いみたいだな。いや、しかし、なかなか興味津々みたいじゃないか」
「そ、そうだね。いいものばっかりだ」

ハイラノックに流れ着いて魔女見習いをするようになってからはあまり旅に出る機会はなかったので、嘘じゃない。手持ちのお金がもう少しあったら買いたいくらいだったけど、値段を聞いたり手持ちが少なかったりして不機嫌になられたりしたらと思うとなかなか切り出せない。

「そうさ、いいものばかりだ。世界には私を楽しませる財宝が溢れている、たとえ次元界に干渉するアーティファクトのたぐいに飽きたとしてもね。素晴らしいことだ」

要は、すごいお宝にはほとんど飽きてしまったということみたいだ。

「帰り道で、ハイラノックに寄ってよ」
「おや、お招きかね。いいとも、その気になったらこんな山道は吐息の間に往復できるからね」

気楽な誘いをしてしまったが、このせいでハイラノックが滅んだりしないだろうか。
じわじわと後悔を覚えながら僕とゾッチカトルはほぼ同時に立ち上がり、挨拶をしてそれぞれ別方向に歩き出した。

…所持素材「金鱗グッピー」「冷笑蔦」「巣の破片」
…採取ポイント2
…タイム 4/10

調合

僕は村魔女の小屋に戻り、調合を始めた。

薬名:飲まれた人のための飲み物(Drink for drunker)
素材:金鱗グッピー・冷笑蔦・巣の破片
効果:失血状態を回復し、失血時のショック症状を中和する。
備考:立ち眩みなどの副作用あり

金鱗グッピーは遠火でじっくり炙ってカラカラにしてから、乳鉢と乳棒を使ってすりつぶす。
冷笑蔦と巣の破片は鍋でじっくり煎じて、抽出を終えたらこれにグッピーの粉末を混ぜこむ。
生臭さを和らげるために少し塩を加えて、陶器のカップに入れて処方する。

患者の女性は、ゆっくりとそれを飲み干した。
そしてすぐ、「うっ」と呻いておなかを押さえた。

「トイレは外ですよ」

駆け出していく女性の後姿を見送り、僕は処方した薬の記録を1ページ目に記した帳面をしげしげと眺めていた。

報酬

少しハプニングはあったが、女性は見る見るうちに回復し、血色もよくなった。震えも止まり、副作用もそろそろ消えてきたようだ。
こういった魔女の薬の報酬は銀貨20枚が最低の相場だ、と師匠の日記には書いてあったが、僕は副作用を知っていながら処方した引け目からだいぶ値引きした額を提示することにした。

「良心的な魔女さんでよかったです」

女性はシスターベールの中に髪を押し込んで乱れていた服装を整えながら、ほっとしたような笑みを浮かべた。

「これからは、吸血鬼には気を付けてくださいね」
「うーん、気を付けますけど……あの人、また来てくれないかなあ」
「だ、だめですよ!また血を吸われちゃいますよ」

慌てて忠告するが、女性は心ここにあらずといった感じで視線を彷徨わせている。吸血鬼だってことが分かっただけじゃなくて、血まで吸われているのに、なんて呑気なんだろう。
とにかく、そんな患者を見送る僕の隣で、使い魔が上機嫌に「わん!」と吠えた。

「ご主人、うまくいきましたね!」
「うまくいったね」
「ご飯の時間ですね!
「鳥肉を食べようね」

僕の足元で跳ね回る使い魔の頭を撫でて、僕はちゃんと肉屋で買ってきた鳥肉を包みから出した。

>次回に続く

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