出典
Black Mountain Numbers Station by Simon de Vet
https://sdevet.itch.io/black-mountain-numbers-station
ジャーナル
一日目
非常識なほど朝早くおれを目覚めさせたのは、部屋の隅のラジオが奏でる雑音。
ずっと前に壊れて何もしゃべらなくなったおんぼろラジオ。電池も入ってないはずなのに。
布団の中でノイズに耳をすましていたら、言葉が聞こえた。
この雑音は、ずっとこれを繰り返し言っていたんだ。
11…対称トラッカー1/ラジオから離れていても、数字が聞こえ始めます。
いち、いち。ラジオはそれを繰り返していた。朝日が昇って、いつの間にかラジオの雑音は止んでいる。おれはふらふらと起き上がって洗面所に立ち、鏡に映る自分の顔を眺めて、ぼそりと「1」と呟いた。
いち、いち。車を運転していても、職場でいつもの仕事をこなしていても、ずっとその声が頭から離れない。
二日目
51
次の日の朝も、ラジオがおれを起こした。
ご・いち。ご・いち。ご・いち。
この数字には、何の意味があるんだ? 耳にずっとその数字がしみついて離れない。この数字を読み解くために、おれは生まれてきたんじゃないだろうか。
三日目
36
さん・ろく。さん・ろく。さん・ろく。
その必要はなさそうな気がしたが、おれはそれを手帳に書いた。いつかきっと、この数字の謎を読み解く時が来る。
四日目
52…垂直線が出現/今日の数字は予想外の出所から来ました。それは何ですか?
午後の会議の最中に、突然キイン、と耳鳴りのような音が響いて、ぼそぼそとかわされていた声が薄れ、聞こえなくなった。耳鳴りの向こうから、あの声が呼び掛けてくる。
ご・に。ご・に。ご・に。ご・に。
おれはふと気づいて手元を見た。いつの間にか雑音が消えて周囲のざわめきや声が戻ってきていた。そして、手元に資料にはびっしりと無数の「52」が書きこまれていた。
五日目
25…対角線が出現/音声が変わります。それは親しみやすいですか?
に・ご。に・ご。に・ご。
幼い子供の声が頼りなく、震えながら読み上げている。昨日までの声は無機質で中性的な、滑らかな発音だったが……子供の声は不気味で、聞き取りづらい。
六日目
46…水平線が出現/日常生活の中で数字の列を認識します。それらはどのように現れますか?
11・51・36・52・25・46。この並びの数字に囲まれて生活していることに、おれは気づいた。
会社の同僚の車のナンバー。よく行く店の電話番号の下四桁。会社の取引先の番地。様々なところに、この羅列に含まれる数字の並びが現れている。
これは、偶然ではない。あの放送は、まさしくおれ一人に向けて数字を読み上げているのだ。
七日目
54
54。54だって? いかにもありそうな数字じゃないか。ひょっとしたらこの数字こそが、俺の人生そのものなんじゃないだろうか? 奇妙な高揚を抱えながら、おれは一日を過ごした。
八日目
36…フラストレーショントラッカー1。
それは、聞いたことがある数字だった……
おれはぞわぞわと込み上げる不吉な予感を抱えていた。同じ数字を聞くというのは、きっといいことではない。このラジオに関しては、間違いなく。
九日目
46…フラストレーショントラッカー2。
二日続けて同じ数字だって? それは何を表わしているんだ?
破滅が近づいているという確信がある。おれは恐ろしさで眠れず、深酒をした。
十日目
45…垂直線が出現/今日の数字は予想外の出所から来ました。それは何ですか?
不安定な気持ちでメモに書き連ねた数字を必死に読みふけっていたおれの耳に、すれ違いざまに誰かがささやいた。
45。45。45。45。
おれは驚いて振り向いたが、そこには誰もいなかった。冬の冷たい風が旋風になって吹き抜け、枯葉を躍らせていた。
十一日目
24…垂直線が出現/今日の数字は予想外の出所から来ました。それは何ですか?
仕事の書類を裏返したら、幼い下手な字で大きく「24」と書いてあった。間違いなく、それはおれにあてたものだ。おれは書類を持ったまま、思わず笑ってしまった。
十二日目
16…対角線が出現/ラジオの声が変わりました。それは馴染み深く聞こえますか?
幼い声が変わり、成熟した女の声になっていた。女の声は雑音の向こうから、おれに「16」という数字を教えてくれた。おれは奇妙な歓喜と興奮で、布団の中で身震いをした。
数字の謎が解かれつつある。それは、おれの人生を左右するほど大きなことだ。
十三日目
51…フラストレーショントラッカー3。
女の声が無慈悲に「51」を告げて、俺は悲鳴を上げて飛び起きた。
夢だと思っていたが、ラジオは現実に巌と存在していて、女の声は丁寧に何度でも繰り返してくる。51。51。51。
助けてくれ。やめてくれ。新しい数字を教えてくれ。
十四日目
51…フラストレーショントラッカー4。
なぜおれがこんなに苦しめられなければならないんだ。
善良に生きて、無意味に死す。その人生すら受け入れる気でいたのに。
無意味がおれを苦しめる。
それは、無意味を受け入れていなかったからか?
これは、おれの欺瞞への罰なのか?
十五日目
65…水平線が出現/日常生活の中で数字の列を認識します。それらはどのように現れますか?
その朝、俺はとても気分が良かった。万全の姿で出社して、一番の難題もスマートにこなした。
部下が俺に声を掛け、質問の言葉を考えあぐねている。
おれはウインクをせんばかりのさわやかさで、さらりと言った。
「65だろ?」
どうやら正解だったらしい。部下は目を丸くしていた。
当然だ。おれの人生の答えは、いつだってあのラジオが教えてくれる。
十六日目
22…対称トラッカー2/黒い山の頂にある送信機を非常にリアルな夢に見ます。どのような気持ちになりますか?
夢を見た。
黒い山の頂上にある電波塔。そこから電波が放たれる。それは矢のように放物線を描いておれのおんぼろラジオに着弾し、人生に食い込んでくるのだ、
ああ、いつかおれはそこに行くだろう。望むと望まざるにかからわず、必ず。
十七日目
12
数字が増えていく。満たされた心地になる。
真に満たされた男が、俺のほかに何人この町にいるだろう?
誰もが必要としているんだ。黒い山の上から放送される、特別な数字を。
十八日目
42…対角線が出現/それは馴染み深く聞こえますか?
死んだ親父の声が、42を教えてくれた。
それは生きている人間が負う役割ではなかったことに、おれはようやく気付いた。
十九日目
12…フラストレーショントラッカー5。
親父はおれを憎んでいた。そのしみったれた惨めな人生は、おれのような不出来な子供が足かせになっていたからだと思っていたから。親父は俺を殴ったし、おふくろはそれを止めることはなかった。おれが壊れたラジオにそうしていたように、部屋の隅にあることは知っていながら無視していた。
親父が階段から落ちたとき、おれはその場にいた。だが、いなかったことにした。救急車を呼ばずに立ち去り、翌日になって冷たくなっている親父を見て悲鳴を上げた。酔っ払いが階段から落ちるなんて珍しいことでもないし、おれにしたって突き落としたわけでも何でもない。罪に問われることは今までなかった。
そう、今までは。
12。12。12。12。
親父がその数字を繰り返す。おれは悪寒に耐えきれず叫ぶ。叫んで転げ回る。ラジオを掴んで床に叩きつける。声は止まない。死人の声。死人の数字。
これは罰なのか?
二十日目
51…フラストレーショントラッカ―6/破滅。
早朝のラジオから響く親父の声。
悪夢だ。こんなはずじゃなかった。
51。51。51。51。
その数字にどれほど苦しめられたか。
こんなことはやめさせなければならない。今すぐ行くんだ。その場所に行くんだ。黒い山の頂上の、小さな放送局に。
おれは寝間着のまま布団を這い出して、転がるように道路に飛び出した。どの道路があの黒い山に繋がっているのか、どれほど走ればたどりつけるのか。狂気のままに声を上げて、もつれる足で転び、立ち上がり、走る。
朝日が昇る。なんて眩しい朝日が。
ナンバープレートが見える。数字が読めない。眩しすぎて読まない。読まなければ。読まなければならないのに――
全てをつんざくブレーキ音が聞こえて、何かがおれを勢いよく潰した。
ダイスのログ
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