火花のようにときめいた。わかっているのは、それがすべて。
このプレイログについて
「The Date」は、あるカップルの初デートを記録するソロジャーナルです。
このゲームは、「Second Guess system」という汎用システムを使用しています。
このシステムは非常に単純かつスリリングに作られています。ざっくり内容としては「1d20を振ってプロンプトを読み、数値を上下して、使ったプロンプトには印をつけておく」「それを繰り返して、前に振ったのと同じ数字が出たら判定(1d6を振ってこれまで上下した数値と比べるなど)」「この結果によってゲームが終了したり続いたりする」といったもので、「プロンプトを出す出目の被り」がゲームを終わらせるきっかけになるという仕組みになっています。
このプレイログは、女性同士の恋愛感情をメインに扱っています。また、登場人物は名前や設定等でとある漫画をモチーフとしていますが、全くの別人です。
ジャーナル
【導入】
「また修羅場やってたんだ」
通話を切ってスマホをハンドバッグに投げ込んだ私の顔を、ユズカのくりくりと輝く瞳が覗き込んだ。
私は憤懣に怒らせた肩をすとんと落とし、コーヒーショップの椅子に背中をぶつけた。
「大げさなのよ、あの子たち」
「たちってことは、二股?」
「四股」
「ナツが?」
「うん。私が、四股して、今修羅場」
ユズカは納得したようにフンフンとうなずいて、そのことに対する道義的なコメントは控えたようだった。あまり興味がなさそう、というのが正直なところかもしれない。
廻(まわり)ユズカが興味を持つことは、限られている。勝利と、鍛錬だ。総合格闘技の選手として日夜トレーニングを欠かさない彼女が、私にこうして時間を割いて会ってくれるタイミングというのは限られている。
私がただのOLの石動(いするぎ)ナツなら、こんなこと考えもしないかもしれない――
私とユズカは、かつてライバルだった。私も高校時代は総合格闘技をやっていたのだ。学生向けの大会で何度かぶつかったこともある。
私のほうが才能はあったと思う。これだけ素質がある選手は見たことがない、と言われたこともある。だが、私は格闘技をやめた。
一番残念がったのは、ユズカだった――さみしくなる、と言っていた。それを聞いて、私はこう思ったものだ。
格闘技をやめた人間は、あんたの人生から消え失せるわけ?
そんなのは嫌だった。腹が立って仕方がなかった。私はユズカに食らいつき続け、いやでも予定を取り付けて、友人であり続けた。彼女の周囲には本当に数少ない、格闘技に関係しない人間として。
いや、わかってる――
やっぱり彼女の中で、私は格闘技に関係する人間なのだ。「元」ライバル、というラベルが貼られているだけの。
「ねえ、ユズカ」
私は軽く頬杖をついて、ソイラテを楽しんでいるユズカの顔をじっと覗き込んだ。
「なに?」
「デートしない?」
「やだ、そんな暇ないよ」
にべもない。私は瞑目して考え込んだ。
今の段階では、私の要求を一方的に押し付けているだけだ。彼女にとって魅力的な条件を提示しなければ、デートには至れないだろう。
「デートして、勝負しようって言ったら?」
「あ、それならいいよ。景気よく試合場押さえちゃう?」
「勝負ってそういうことじゃなくて」
試合を申し込まれたと思ったらしい。私は慌てて口をはさんだ。
「デートして……その。私がユズカに惚れたら……総合、またやってみる」
「ほんと!?」
ユズカの反応は異様に素早かった。素早く身を乗り出して、大きな目をキラキラと輝かせる。バカみたいな条件にも全く疑問を感じていないようで、眉にもかからない短い前髪が乱れるほどぶんぶんと頭を振ってうなずいた。
「それならやる、デートしよ! どこ行く? 何する?」
「……車で迎えに来るから」
「わかった!」
ほんとにわかってるの?
私は黙り込んで、目の前のコーヒーに口を付けた。
廻ユズカを好きになったことなんて、一度もない。
ずっと嫌いだった。腹立たしかった。私はこんなに才能にあふれているのに、彼女ほど好きになれるものが一つも見つからなかった。彼女は格闘技ほどに、私を好きになってはくれなかった。
一度くらい、私を愛してほしい。心底求めて、泣いてほしい。それくらい求めたっていいはずだ。何も根拠はないけど、私はユズカにこそ求められてしかるべきだ……ほかのどんな女の子より、ユズカに。
今のこの関係が壊れたってかまわない。
私は、ユズカに片思いされたいのだ。
【wave1】
17:ユズカは、私が話すのを避けていたトピックを持ち出してくる。
それはつくづくヘヴィな幕開けだった。ユズカは助手席に乗り込むなり、高校時代のコーチと連絡を取ったことについて、それはそれはとても楽し気にしゃべり始めた。
私は民間のジムに通っていて、ユズカと同じ部活に入った訳でもないので、そのコーチとの思い出はほとんどない。だが、彼はもちろん私のことを知っていて、ユズカと一緒に褒めたり貶したりしているというわけだ。
どう考えても、私にとっては愉快な話題じゃない。
「コーチ、一回くらいナツに会って話したいって」
「むしろ一回も会って話してない女の話でよく盛り上がれるよね」
私は口角を歪めて皮肉を言い、アクセルを踏んだ。
❤Crush:3→2
【wave2】
3:私は、子供のころの笑い話を披露する。
「子供のころはさ。お城だと思ってたんだよね、あれ」
とある建物を通り過ぎた時、私はぽつりと言った。
「ラブホテル?」
ユズカが聞き返す。確かにそれはこの手の話の定番だが、私は違う、と言った。
「東京靴流通センター」
「今通ったやつ? なんてまた」
「物見台みたいじゃない、看板のところ」
ユズカが窓を開け、身を乗り出した。地方都市の街並みに飲まれてあっさり見えなくなっていく仰々しい建物を見送るように体をひねって、それが何に見えるか真剣に思案しているようだ。
私はユズカのこういうところが嫌いじゃない。こんなくだらない話でも真剣勝負に取り組んで考え込むところ。それくらい大人げない性格をしてないと、勝利に執着し続けることはできない。
ユズカはやがて体を引っ込め、窓を閉めた。
「寒い」
「でしょうね」
私は含み笑いをした。ユズカは不思議そうに、くりくりした眼で私を見た。
❤Crush:2
【wave3】
1:このデートは、悲惨なことになる。
最初の目的地である水族館はもうすぐだ。赤信号で車を止めた時、ユズカはどこかためらうように口を開いた。
「総合、もうやるつもりはないの?」
「このデートしだいね」
最初の取り決めだったはずだ。動揺を抑えてさらりと言う私の横顔を、ユズカはじっと見つめている。
「ナツは、強かったよ。体が大きくて、力が強いだけじゃなくて……どんなことでもすぐ覚えて、色々な状況に対応できるようになっていった。始めたのは遅かったのに、どんどんいろんな人を追い抜いて」
「自分でもそう思う」
なんてことのない調子で頷く。
それでも、私は結局ユズカには勝てなかったのだ。
ユズカは強いんじゃない。頭がおかしいだけだ。
日々の鍛錬と反復練習。頭がおかしいんじゃないかってくらい毎日毎日繰り返して、全然飽きることもない。勝利をあきらめない執念、敗北を恐れない狂気。少女だったころのユズカの全身に満ち満ちていたそれは、今はその小さな体躯に凝集して息をひそめ、不穏に渦巻いているようた。
「でも、ナツは普通だった」
「……」
私と同じことを考えていたみたいだ。私は車を発進させながら、ユズカを見た。
「次のコンビニで降ろして」
「振り込みか何か?」
「帰る。練習があるから」
車内の空気が冷え切っていく。ユズカの横顔に微笑が浮かんだ。
「きっと今のナツは、弱いよ。ずっと練習してなかったんだし」
ユズカはにっこりと、私を見た。
「このデートで総合を始めるかどうかじゃなくてさ……強くなってから、また誘って」
車がコンビニの狭い駐車場に入っていく。
振り向きもせず走っていく、ユズカの後ろ姿。
なんて小さくて、普通で、そして遠いんだろう。
私は車内の近すぎる天井を見上げ、顔を覆った。
❤Crush:2→0
雑感
出目の被りで終わるゲームだってあんなに熱弁してたのに被る出目すらなく終わった……
「Second Guess system」はこういう上下する数値(ゴールトラッカーといいます)も設定されていまして、これが0になった時もゲームオーバーになります。このゴールトラッカーが、The Dateでは「Crush(気になる人)」という名前になっています。率直に訳すと「好感度」かな。
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