ヤンデレなんて呼ばないで

プレイログ

プロローグ

「ナツオ、一緒に帰ろ」

校門にやってきた幼馴染に声を掛けて、私は笑いかけた。学校指定のカバンを片手に下げたナツオが、少し拗ねたように唇を尖らせて頭を掻く。

「待ってろなんて言ってなかったのに」
「ふーふふ。何か用事があるみたいだったから」

後ろで手を組んで、興味本位を隠しもしない眼差しを見せつけて、私はびょん、と跳ねるように身を乗り出した。

「何の用事だったのかな~?」
「別に隠すようなことじゃないから言うけど」

長身のナツオは遠目にも目立つ。長い黒髪をさらりと耳に掛けて、怜悧な横顔が夕焼けに切り取られた。
ナツオ。私の愛。私の美。
彼女と一緒にいる時間は、いつだって一秒の例外もなく特別だ。

「手紙、渡されたの。読んでくださいって」
「かーっ、やっぱモテるねえナツオは」

おじさんくさい反応に、ナツオは面白くもなさそうに視線を逸らした。

「サナには関係ないでしょ」
「関係ないから高みの見物で面白がれるの」
「良くないよ、そういうの……」

肩を並べて帰り道を歩きながら、横目にナツオの様子を伺う。

「その手紙、どうするの?」
「どうするのって……まだ読んでないし、読んでから考えるよ」
「へえー」
「白けた顔すんなよな」

別にい、と唇を尖らせて、私はつんと澄ました横顔を見せた。

ナツオに手紙を渡した、売女 泥棒猫 邪魔者 下級生の女の子。
住所と行動パターンは、もう調べてある。見つからない場所に死体を捨てる準備はいつだって出来てる。ナツオはもう、あの女と会うことはないだろう。
本当に馬鹿な女。私だって手を汚したくなんかないのに。これは私に許された、正当な権利だ。

私は雪野サナ。
ナツオの幼馴染。
ナツオを好きになっていい、地上で唯一の存在だ。

このプレイログについて

Last Love」は、ヤンデレとしてジャーナルを綴るソロジャーナルです。
ライバルを排除し、重い愛をたった一人に注ぎ、様々な愛の試練に立ち向かいます。
システムは「Princess with a cursed sword」と共通しているので、ゲーム的な攻略よりは物語を膨らませていく方に重点が置かれています。

プレイログ

【1】Eight of Cups

あの虫 ナツオに手紙を渡した女の子が行方不明になったことで、学校はちょっとした騒ぎになっていた。
ざわついて落ち着かない教室を抜け出して、ナツオは廊下の窓から校舎裏を眺めていた。

「ナツオ、何見てるの?」

振り向いたナツオを見て、私は息を呑む。ナツオの手には、かわいらしい便せんが握られていた。

「私に手紙を渡して、あの子は消えたんだ。無関係とは思えなくて」
「……関係ありそうなこと、書いてあった?」

慎重に尋ねる。ナツオは首を振った。

「ね、捨てちゃいなよ、そんな手紙。変な疑いとか掛けられちゃうかもしれないよ」
「大丈夫だよ。ただの手紙だから……」

伏し目がちのナツオの瞳。この世で一番美しいもの。手紙の文字をなぞって、何かを考えているみたい。
私は焦った。あの女を排除したところで、手紙がナツオの心をとらえていたら意味がないじゃない。

「サナは私のこと、心配してくれてるんだ」

ナツオが微笑みを向ける。

「あ……」

私はわななく唇をきゅっと引き結んだ。

「当り前じゃない、そんなこと……!」

ねえ、ナツオ。
私、すごく心配だよ。
あなたに正しい愛を教えたい。私がしたいことなんて、それだけなのに。

【2】King of Swords

その日、校庭にいた私は異変に気付いた。
ナツオが誰かと話している。教室の窓際の背の低い棚に腰かけて、はためくカーテンが光をすかし、隣にいる誰かの姿をおぼろげに隠している。
私は息せき切って階段を駆け上り、教室に入る前に息を整えて、乱れた髪をさらりと流し、教室へ何気なく踏み込んだ。

「ナツオ、次の日曜日のアレなんだけど……」

次に遊びに行く約束まで、さりげなくにおわせておく。
ナツオに近づく害虫へ睨みを利かせる前に、視線を走らせてその風貌を記憶に刻む。
波打つプラチナブロンドに、ラメの輝きが眩い長い睫毛。ナパージュをかけたお菓子のようなつやつやした唇。二桁くらいの拘束に違反していそうなファッションの、険しい目つきの女の子。
私をじろっと見回して、すぐにナツオに視線を寄越す。

「何? 先客だった?」

不機嫌なとげとげしい声に、ナツオは全く動じていない。どうやら彼女は、いつもこんな感じみたいだ。

「先とか後とかはないけど……サナは私の友達だよ」
「へえー」

また私をじろじろ見る彼女に、私は微笑みかけた。

「ナツオのお友達?」
「まーね、そんな感じ。深い仲? かもね」
「こら」

少し眉を寄せて叱るナツオをよそに、私はニコニコし続けた――早くも限界を感じながらもあくまで優等生らしく、優しく、楽しむように。
けけっ、と彼女は笑い、ナツオの横から立ち上がった。

「まーいいや。なっつん、また遊ぼーな!」
「キリカは何だって遊びにしちゃうからなあ」

苦笑いを浮かべるナツオを横目に、私はその名前を記憶に刻んだ。
キリカ。リボンの色を見た感じだと、同じ学年ね。

【3】Four of Wands

志藤キリカ。4月18日生まれの17歳。家族構成は父・母・弟2人。2年C組所属。剣道部員。剣道二段を所持。通学には自転車を使用。街中に住んでいるので、行き帰りに待ち伏せできるようなタイミングはない。
このクソ女が無軌道で自堕落な生活をしているのも私にとっては都合が悪い。そもそも毎日学校に来るかどうかわからないのだ。

思案に沈んでいる私の肩を、ぽんと叩く手があった。
振り向くとともに、シトラスの香水がほのかに香る。
私の後ろに立っていたのは、志藤キリカその人だった。

「こないだは悪かったね、サナちん」
「サナちん?」

呆れて聞き返すが、志藤キリカは構わずけたけたと笑った。

「ナツオと話すの楽しいからさー、つい引き止めちゃったの。ナツオ、そろそろ幼馴染と一緒にご飯食べに行かなきゃって言ってたんだよ」
「ナツオ……」

ナツオはいつだって私のことを考えてくれている。
そのことに思いを馳せるたびに、ふわふわと温かく心地よい、たまらない心地になる……
どういうことかしら、こんなことをわざわざ教えてくれるなんて。
この女を始末する方向で考えていたけど、見逃してやってもいいかもしれない。

【4】The Chariot

ナツオとのデート。私にとっては何十回目、何百回目のデート。ナツオにとっては、ただの幼馴染と過ごす時間に過ぎなくても。
長身のナツオのパンツファッションになびく髪。映画みたいなシーンだわ。彼女に恥じないように、私も背筋を伸ばして隣を歩く。
ふとナツオが眉根を寄せて、私の腰に軽く手を置いた。軽く力を加えて引っ張られるままに身を寄せて、私は少し眉根を寄せる。

「どうしたの?」
「サナのこと、見てる人多いから」
「そう?」

ナツオは薄く形のいい唇を、つんと尖らせた。

「見たっていいんだけど、あんなり見られるとヤだ」
「なんでヤなの?」
「なんでって……」

ナツオはキャップを脱いで私の頭に押し付けるように被せた。
視界がふさがった私をよそに、彼女はその長い脚で飛び出すように一歩を踏み出している。

「映画、始まっちゃうよ」

何気ない調子で投げかけられたその声が、あまりにも照れていて、それが嬉しくて。
待って、と言って、私はナツオを追いかけた。

【5】Queen of Swords

放課後の教室に、ナツオとその女はいた。

「ナツオさんって、ほんと不思議な子よね」
「もうちょっとわかりやすい誉め言葉がいいな」

楽し気な少女の声に、ナツオはわざとらしいほど憮然と返す。そして、二人でころころと笑い声を立てるのだ。

(何よそれ……)

ナツオは自分の席に座っている。話し相手の女は、椅子を近くに引っ張ってきてナツオと向かい合っているようだ。私は教室の入り口から少し引っ込んで身を隠し、しばらく二人の会話に聞き耳を立てた。

「難しい問題はすぐ解けるのに、なんてことない問題で止まったりするじゃない」
「簡単な問題なら解けるって決まった訳じゃないよ、なんだってそう」
「もー。そういう、煙に巻くような言い方やめる!」
「はいはい」

数学の教科書が見えた。数学の問題の解き方を教えてもらっているみたいだ。
ミドルショートに眼鏡、地味な感じの女子。普段ならすれ違ったって気にも留めないタイプ。ただ、その妙に生き生きした表情は、ナツオのことを特別だって言ってるのと同じこと。
ナツオの表情はリラックスしていて、何気なく零される笑みは誰だって好きになっちゃうほど輝いている。

「リン先生に教えてもらってる時間は大事にしないとね」
「私の教え方、わかりやすい?」

リン、と呼ばれた女を、ナツオはまっすぐに見つめた。
ほんのコンマ秒ただ見つめて、微笑みを唇に宿す。

「世界一ね」

二人の笑い声を聞きながら、私は鉛のように重く冷えていく心を抱えていた。
リンとかいうあの女。
たとえ今の今まであの女が私のライバルじゃなかったとしても、たった今ライバルになったに違いない。
ナツオの笑みには、それだけの威力があった。

【6】Nine of Wands

杭打ち銃を使った簡単なトラップは、その路地に逃げ込んだ女の足首を金属製の杭で貫くのを可能にした。ナツオがリン先生と呼んでいた女――林田リンカは、芋虫のように路地に転がって悲鳴を上げた。

「うるさいなあ」

大股に駆け寄って、頭目掛けて斧を振り下ろす。これもホームセンターで買ったものだ。
黒髪がもつれる頭皮が削られて、斧に貼りついた。

「……は、ぇ」

頭部の衝撃で一瞬意識が飛んでいたみたいだ。朦朧としているリンカの腹を蹴りつけて、仰向けに転がす。

「いやっ、いやだっ、死にたくない、たすけ、たす」

私は無事リンカを殺害し、死体を隠滅できるだろうか?

1 coin toss…head(成功)

顔を叩き潰してやったが、もともと大した顔じゃないからね。
かえって美人になったんじゃない?

【7】Ace of Coins

「林田リンカについて、アンタは何か知ってるはず」

突然そんな不躾に切り出してくる知り合いなんて、志藤キリカ以外にいるはずがないわよね。
私は不機嫌に振り向いた。
時刻はお昼前、渡り廊下は行きかう生徒たちの声で賑やかだ。

「知らないよ。最近失踪した子だっけ?」
「そう、そのうちの一人だね」

話しながらスマホをいじりだす。ああ、そう、話はもう終わりってこと?
私は肩をすくめて歩き出そうとした。

「見た奴がいるのよ」

背中に声を浴びせられる。
立ち去るわけにもいかず、私は振り向いた。

「何を?」
「アンタを」
「どこで?」
「……」

キリカはにやりと笑った。

「興味津々って感じだね」
「変な言い方しないで。言い出したのはあなたでしょ」

私は冷然と吐き捨てた。
キリカはせせら笑って私を追い抜き、そのまま校舎へ消えていった。

【8】King of Cups

「サナ、一緒に帰ろう」

いつも大体一緒に帰ってるのに、ナツオがいきなりこんなことを言い出すのは珍しい。しかも意を決したように眉をきりきり逆立てていて、その表情も何とも言えず蠱惑的だ。
私はすこしぼうっとしてから、ぶんぶんと頷いた。

「ほんと? ごめん、びっくりさせちゃって」
「びっくりなんて……だいたいいつも一緒に帰ってるでしょ」
「……最近、変な事件が多いから」

ナツオは私の隣に並んで、小指と小指だけをきゅっと絡ませた。

「サナまでいなくなったら、私、どうしたらいいのかわかんないよ」
「大げさだなあ」

私は涙の滲む瞳で笑う。

「いなくなった子たちなんて、ナツオとは何も関係ないでしょ」
「……林田さんは、数学を教えてくれたりして親しかったんだ」

林田リンカの死体はまだ見つかっていない。彼女のスマホを使って家出の可能性もあるように偽装しておいたから、事件性ありとして本格的な捜査が行われるまでにはだいぶ時間を稼げるはず。

「真面目そうに見せかけて実は……みたいな子だったんじゃない? どっかで元気にしてるよ」
「そうかな……そうだといいんだけど」

ナツオは視線を伏せて、寂しげに笑んだ。

「サナには……サナには何があったって、私が守って見せるから」
「ナツオ……」

ああ。なんて美しい生き物なのだろう、私の幼馴染は。
私は感慨に言葉を失って、絡めた小指をぎゅっと握り込んだ。

【9】Seven of Wands

ナツオのパパとママは、よく留守にするから。
幼馴染である私たちのロマンスがどんな風に進んだかなんて、細かく説明する必要もなさそうね。

ナツオのベッドで横になって、私は月明かりが縁取る彼女の横顔を眺めていた。
美しい五本の指と指を絡め合い、滑らかで短い爪を見つめると、なぜか顔が熱くなっていく。

「私、サナを信じるよ」

ナツオは目を伏せて、静かに言った。
そしてベッドに放り投げていたスマホを取り上げ、そこに映っている暗い写真を私に見せた。

そこには、志藤キリカが映っていた。
正確には志藤キリカの死体だ。絞められた首が半ば歪み、折れている。
ナツオはその辺の女の子とは喧嘩にもならないほど力が強い。キリカと口論し、争い、こうなったのだということは誰の目にも明らかだ。
私は苦しいような心地で息を詰まらせた。

「志藤さんが、私のことを悪く言ってたの?」

ナツオは頷く。

「ナツオ、私のために……」
「わからない。サナのことを悪く言われるのが、いやで、つらくて」

最後まで聞かずに、私はナツオを抱き締めた。

「大丈夫」
「サナ……」
「私がなんとかしてあげるから」

ナツオ。私の愛。私の美。私の罪。
月明かりの中で泣きはらしたナツオの涙をぬぐい、私とナツオは秘めやかな企みについて話し合い始めた。
今週のデートプランを決めるのと同じくらい、それはとても楽しい時間で。

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