Bacchanalia 小川六郎、二度目の失態 3

プレイログ

Bacchanaliaは、飲んだくれて記憶を飛ばした翌日に、前の日に何があったのかを何とか思い出していくというコミカルで楽しいソロジャーナルです。プレイにはタロットを使用します。

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ジャーナル

Act III: Late Evening

沈みゆく太陽の足踏みが遠ざかり、愉しき暗闇が街を覆って歓楽と遊興のひと時をもたらす。

少しばかり強い酒を入れてこのときを迎えてしまったが、思考はクリアー、体力は万全。お楽しみはこれからだ。

カップの10:もう夜も深まっているように錯覚する。眠気覚ましに何かをする。

ムチャをしてしまった。ふらふらしてきて、早くも眠い。俺は、まだ日も沈みきらない時間からウィスキーをロックで何杯も呑むようなタイプの酒飲みじゃないんだ。
だが、こんなに早く潰れるなんて、情けないし、何よりもったいない。うう、とだらしなく呻いてカウンターに肘をつき、俺はふらふらと頭を振った。

「無理するなよ、小川~」

片桐さんが苦笑している。俺も同じく苦笑を浮かべ、あいまいな声音で、いいえ、まだまだ、と言おうとした。

そんな俺の視界に、赤いものが飛び込んできた。

「酔い覚ましにトマトジュースなんて、オジサンたちの常識だけど」

俺と片桐さんの間に割り込むように、カウンターを離れていたはずの”アマレットの女“がカウンターへ肘をついてしなだれ、とろんと光る黒い瞳に俺を映している。零れる黒髪が、豊かな胸の谷間に流れ込むようにうねっていた。

「結構バカにできないかも?」

アマレットの女は長いストローをマドラー代わりにトマトジュースをかちゃかちゃと掻きまわし、その口をぴっ、と俺の口元に向けてグラスを差し出してくる。

「ほら、グッといって」

「この子、小川のツレ?」

片桐さんが困惑気味に言う。俺はグラスを受け取って、アマレットの女を押しやった。

「今さっき会ったばっかりですよ」

「そう、一晩だけの楽しいお友達」

あだっぽい眼差しと共にアマレットの女が言うものだから、ますます誤解を招いている気がする。トマトジュース以上にこの状況に冷や汗を絞られて酔いがさめるのを感じながら、俺はおとなしくストローを口にして冷たいジュースをずっ、と吸い上げた。

カップのナイト:静かな場所で一緒に座り、人生の浮き沈みや、どうしてここにたどり着いたのかについて語り合った。

interact…既存の登場人物(アマレットの女)

「……変な横やりを挟まないでくれよ!」

俺は小声でアマレットの女に言った。

――あの後。

片桐さんは残していたウィスキーをぐっと干して、次の店に行く、と立ち去ってしまった。なんとなくあの人の考えることは分かる。恩をかさに着て求められてもいない昔話や説教を若いビジネスマンに延々聞かせることに気が引けてきた、といったところだろう。恩人との酒の席なのだから、そんなことも俺はむしろ歓迎していたのだが……。
アマレットの女が俺と話したそうにしているからなのか、俺がアマレットの女をチラチラ見ていたからなのか。本人の立場では分かりにくいが、それも切っ掛けには違いなさそうだ。
だからこそ、一層気まずい。

「変な横やりって何?」

唇をちょんととがらせて尋ねながら、アマレットの女は俺の隣に座り直す。

「あたしと話したくないなら、席を変えればいいじゃない」

「でも、俺が先に座ってたんだ」

「公園の場所取りしてる子供じゃないのに、さあ」

ふふっ、と軽い笑い声を立てる。俺はため息をついて頭を掻いた。

「若いサラリーマンたちを酔い潰してご機嫌みたいだな」

さっきまでアマレットの女と飲んでいた若者たちは、皆酩酊状態でぐったりと座っている。店内が静かになったのは間違いないが、なんとも哀れな様子だ。

「今夜はすごく楽しい夜になるって、予感があるの」

アマレットの女は飄々と語る。

「そのきっかけはあなた。だから、離すつもりはないよ」

「ゾッとしない話だな」

言葉に反してゾッとしながら俺は言って、トマトジュースをストローで吸い上げた。

「いつもこんな風に飲み歩いてるのか?」

「あたしが? ううん。見ての通り、真面目に暮らしているからね」

女の口調は楽しげに弾んでいて、わかりにくいジョークなのか思うところをそのまま語っているのかも分かりにくい。俺は眉を寄せて思案しながら、ぼそりと言った。

「俺は、ずっと抱えてた件をようやく解決したんだ。今夜は何の責任もなく遊び歩いて、飲もうって決めてた」

「いいね、何の責任もなくって言葉。絶対に不可能だし、だからこそいい」

アマレットの女はくすくすと笑う。

「だから、楽しい夜にしたい」

「じゃあ、あんなオバサンの武勇伝なんか聞いてる時間なかったじゃない?」

「失礼なこと言うなよ」

俺は怖い顔をしてそれを諫めた。

「片桐さんは、俺の恩人なんだ。会社が傾いてどうしようもなくなったときに、あの人が助けてくれた。俺のビジネスにおける大師匠と言っても過言ではない」

「そういうの、よくわかんないなあ」

彼女はそんな俺の内心の吐露にも特に感じるところもないようで、生返事が帰ってくる。

「……君は、普段どんな仕事を?」

「教師。中学校の」

アマレットの女はグラスを手にゆらゆらと振りながら即答して、その中で崩れる氷を細めた眼に映した。

「やめたの、先週。憧れて憧れて、やっとなれた仕事だったけどね。なんか、だめだった」

「……」

教師。大変そうな仕事だ。実りがあるとも言えない。子供というのは一種の獣。それを飼いならすための笛を吹き、人間が営々と受け継いできた知識を教え込むことが、どんなに大変か。

俺は空になったトマトジュースのグラスを押しのけ、肩をすくめた。

「そういうの、よくわからないな」

「でしょー?」

女は悩みのない顔で、けらけらと笑う。少なくとも、表面上は。誰だってそうさ、珍しい話じゃない。

カップの9:新しい空気を吸うために外に出たら、何かを勧められた。

バーを出ると、アマレットの女もついてきた。俺は何となく歩調を揃えて、彼女と共に歩き出す。アマレットの女は上機嫌そうに頬を緩めて、それ以上は距離を詰めてこなかった。

寒風が通り抜ける都会の明るい大通り。切れ切れの音楽と話し声、車の通行音。いつまでも静けさの訪れない夜の通りを歩いていくと、客引きの青年がぬっと顔を出してきた。

「お兄さん、これから飲みなおしですか? ウチの店どうです?」

「……」

周りを見れば似たような客引きがうろうろしている。フラフラと歩きまわっていただけで何も考えてなかったのだが、ここはそういう界隈のようだ。俺は黙って立ち止まり、アマレットの女の腕をぐいと引き寄せて見せた。

「あ、失礼しましったー」

女連れの男にキャバクラを勧める蛮勇はさすがになかったようだ。楽しげに笑うアマレットの女の腕から手を放して、俺は歩き出した。

「飲みなおすにしても、場所は選びたいな」

「あたし、いいお店知ってるよ」

「……案内してくれ」

アマレットの女が一歩先に飛び出して、酔いを感じさせない真っ直ぐな足取りで歩きだす。俺はぼやける頭を軽く振って、それについていった。

ジャーナルの中断

どうやらアマレットの女は、俺のこの夜の行方を決定する重要人物のようだ。酔いは少し和らいできたくらいで、まだまだ余裕がある。これから何が起きたのか、傷む頭で思い出していくとしよう。

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