火を絶やしてはならない 光と熱が絶やされれば
この闇は容易に あなたを覚めない眠りへ誘うから
このゲームについて
「火灯りよ、もう一度」は、老人の追憶を主題にした『ロールプレイングポエム』です。
のしかかるほどの暗闇と寒さの中、命を繋ぐための火を灯し続けるために、老人は最後まで手放せなかった物品を焚火へと投げ込みます。あるいは、そうすることができずに暗闇に包まれるかもしません……。
ジャーナル
1d6…6/宇宙
わたしは鉱山惑星「フィジカ」の廃坑で、時が過ぎるのを待っている。
かつては多くの宇宙労働者で栄え賑わったこの星も、今は寒風のうら寂しい音がこだまするのみだ。
わたしは年老いた。回顧に生きるには十分なほどに。
目の前の焚火を眺めながら、自分のことをおぼろげに思い出す。揺れる炎に、埃を被った鏡が照らし出されるかのように。
質問1:家族はいる、またはいただろうか?
妻と娘。妻の死を看取った……娘は存命だ。
質問2:これまでの生活は裕福だったろうか?
栄華を極めたことも、どん底を見たこともあった。
質問3:老齢まで生きることを望んでいただろうか?
少なくとも、若くして死にたいとは思っていなかったな。世の中のほとんどの人と同じように。私はそれほど刹那的な性質ではないようだ。
物品
わたしは鞄を見る。その中には、わたしが最後まで手放すことができなかった6つのものが入っている。
1つめは、【犬のぬいぐるみ】。かなり古びて、目のボタンは外れかかっている。
2つめは、【シャレたスカーフ】。薄いひらひらした布地に、鮮やかな幾何学模様が描かれている。
3つめは、【恋愛小説】。紙を束ねた書籍だ。地球という星がまだ人類唯一の棲み処であった時代に書かれたもので、都市に訪れる四季折々の自然の美しさが活写されている。
4つめは、【黒革の手帳】。厚手の金星牛のなめし皮が表紙に使われている。
5つめは、【娘の写真】。娘が写真の中で笑っている。明るく降り注ぐ日差しは髪飾りのように、娘の髪の束に留まり丸く光っている。
そして、6つめは……【妻からわたしへの手紙】。これはいつ書かれたものだったか……白い厚手の、フチにレース型のダイカットがほどこされた高級感のある封筒に、わたしの名前が書かれている。
年代
1d6…4/壮年期
この【黒革の手帳】は、わたしがこのフィジカで起業した製鋼会社が軌道に乗り、うなるほどの富を生み出していた時代に使っていたものだ。ページの隅々まで走り書きで埋め尽くされていて、そこにはいくつもの名だたる大企業の名や、財界の実力者の名が連ねられている。
1d6…6/高齢期
【妻からわたしへの手紙】……そう、看取った妻からの手紙だ。晩年の妻は病と衰えによって言葉も話せなかったが、その頭蓋の中にはこれまでと同じように明晰で感情豊かな妻が閉じ込められていた。妻は介護機械の補助を得て、どうにかこの震える字をしたためた。
1d6…5/中年期
【娘の写真】に他の人物が映っていることについては、わざわざ書かなかったが……。写真の中では、娘と娘の夫になる男性が並んで映っている。幸せそうな笑顔だ。娘は20代半ば、私が中年のころだろう。
1d6…1/幼年期
子供のころ、わたしはこの【犬のぬいぐるみ】に、「ジョン」と名前を付けて可愛がっていた。私とジョンはいつも一緒だった。
2/少年期
【シャレたスカーフ】は、まあ、私が少年の頃の流行だ。鮮やかな色の幾何学模様が当時の最先端だった。世界的に話題になった映画、オープニングシーンで主題歌と共に描かれる模様をモチーフにしたもので、映画のタイトルを取って「楽園パターン」の名で呼ばれていたらしい。
私もご多分に漏れずその映画の大ファンだった。このスカーフは一応、映画のグッズとして売り出された正規品だ。
3/青年期
青年となった私は、生まれた星を旅立って「フィジカ」に来た。それは望んでのことではなかった。本来なら地球で働きたいと強く望んでいたのだが、地球は枯渇し、衰退し、労働者たちが目指すべき地ではなくなっていた。私は地球へのあこがれを育てた【恋愛小説】を手に、開発が始まったばかりの鉱山惑星へ向かったのだ。
この星はすでに、コミュニティを維持できるだけの人口を有していない。
労働者に見捨てられた鉱山惑星フィジカの天候維持装置が破損してから、しばらく経つ。満足に身動きも取れないような老人ばかりが残ったこの地に、フィジカ本来の酷寒がのしかかろうとしている。
わたしは目の前の焚火を見つめる。
わたしに残されたぬくもりは、これだけだ。
火を絶やしてはならない……しかし、燃やすものが尽きれば、火は消えてしまう。
だから、手放すことができなかったものを、今手放すのだ。
ひとときのぬくもりを得るために。死の闇に包み込まれないために。
妻を、この寒々しい星を見せずに見送ることができて良かったかもしれない。
かつてのフィジカは、我々の約束の地だった。この地の衰退は、まるでわたしの人生が枯れ落ちて行くのを目にしているようで、ひどく心が寒々しくなる。
1d6…6
想起:老年期【妻からわたしへの手紙】
体験(1d6)…6/団欒
関係(1d6)…6/家族
感情(1d6)…2/喜び、慢⼼、愛情、理解、受容
帰結(1d6)…2/獲得
妻からの手紙を読み返す。
妻は何でも器用な人物だった。面白みのある文章、あらたまったスピーチ、子犬や子猫の形をしたお菓子、子供に読ませる手紙に描くちょっとした絵、なんでも楽しそうに軽やかに作り出した。
年老いて自力でペンを取ることもできなくなった彼女だが、この私宛の手紙には彼女らしい筆致で、家族で過ごした頃の思い出や、私や娘に対する深い愛情がいきいきと綴られていた。
彼女は語る。手紙の中で。
「わたしは欲しいものをすべて手に入れた」と。
それは、すがすがしい別れの言葉だった。
わたしは笑みを零した。そして、手紙を畳んだ。
美しい文章だった。
死の床にあってさえ軽妙なユーモアを含んだ文章綴る彼女の器用さが、どこか悲しかった。
何もかも失い、こうして遺されたものさえ手放したとき、心の中にいる妻と何にも妨げられることなく向き合える気がした。
わたしはゆっくりと手紙を手放し、焚火にくべた。
1d6…3
想起:青年期【恋愛小説】
体験(1d6)…5/孤独
関係(1d6)…6/家族
感情(1d6)…4/楽しさ、友情、愛着、好奇⼼、享楽
帰結(1d6)…4/達成
わたしは恋愛小説を手に取った。
紙を束ねた、古典的なタイプの書籍だ。火星や大型コロニーと比べれば、フィジカでは比較的一般的な形態として流通していた。だが、この本はフィジカに存在する紙の書籍でも特に古いものになるだろう。
この本は、父から譲り受けたものだ。
父はコロニーに生まれ育ち、生涯そこから出ることはなかった。わたしがコロニーを出てフィジカに行くと伝えたときは、強く反対された。遠く離れた、見つかったばかりの星になぜわたしが行かなければならないのかと、強く問いただされたことも一度や二度ではなかった。
父の不安は、私も感じていた。だが、その不安を自分がどうにかできるとは思えなかった。コロニーにも地球にも私の未来はないと感じていた。それなら、新しい場所に行くしかない。これまで人類が知らなかったような、最も新しい場所に。
「おまえは一人きりになってしまうんだ。寒々しい宇宙の果てで、たった一人に……」
父の嘆くような声が、まだ耳に残っている。
ある日、父は私にこの本を託した。
「父さんも、遠く離れた地にあこがれた時期はあった。だが、今はこのコロニーにいる……
この本が、地球へのあこがれをくれたんだ。そして、その憧れを抱えながらコロニーで暮らすことを、父さんは良くないことだとは思っていない」
何の変哲もない恋愛小説のように思えた。だが、その中に描かれた地球の四季の美しさが、なぜか心を絡めとって離さなかった。きっと若いころの父と同じように。
フィジカに向かう船の中、長期冷凍睡眠の直前に、わたしはその本を読んだ。一般的に悪夢が多いという、冷凍睡眠中の長すぎる夢を、少しでもマシなものにするために。
そして、その目的は達成されたと言ってよさそうだった。
フィジカに向かう船の中で、ずっと夢を見ていた。夏の日差し、白い入道雲、坂の上から吹き付ける海風。見下ろす向日葵のかたわらを、若い父と手を繋いで駆けていく、子供の私。見たこともない世界の、ありもしない思い出の夢。
わたしは長期冷凍睡眠を経てフィジカに着いている。
父はもう、遠い昔の人だ。
今更それを噛み締める。わたしは、父が死んだ日すら知らない。
父に長く借りていたものを、今こそ返そう。
わたしも向こうに着いたら、その時は二人で地球の景色を見に行こう。
わたしは、紙の本を開き、ページを1枚1枚千切り取っては焚火の中に投げ込んだ。
1d6…2
想起:少年期【シャレたスカーフ】
体験(1d6)…1/破壊
関係(1d6)…3/敵手
感情(1d6)…4/楽しさ、友情、愛着、好奇⼼、享楽
帰結(1d6)…2/獲得
わたしが生まれ育ったコロニーの大部分は、治安が悪く、子供たちはアルファベットより先に暴力の存在を思い知らされるものだった。
私もご多分に漏れず荒んで育ち、同じような子供たちとつるんでは、狭い世界のあちこちに敵と仲間の境界線を徒に引き続けた。
当時公開された映画「楽園」との出会いは、そんなわたしの灰色の世界を鮮やかな色に塗り替えた。
慣れ親しんだ世界を壊して、その映画の中の芳醇で豊かな、あらゆるものに肯定をもたらす世界が、わたしを取り込んだ。
暴力に頼って世界を広げることを、やめようと思った。
一人の人間として、手を動かし、汗を流し、自分にしかできない仕事を積み重ねていこうと思った。
「楽園」の公式グッズのスカーフを買い、首に巻いたとき——
わたしは、気づいた。
わたしの荒んだ少年時代は、いま終わろうとしているのだと。
コロニーを離れ働こうと考え始めたわたしは、不良少年たちに混ざって喧嘩に明け暮れることもいつしかやめていた。
そんなわたしが面白くなかったらしい、ストリートのライバルたちが、私の居場所を探し当てて喧嘩を吹っ掛けてきたこともあった。
スカーフをよく見れば、今でも残っている。洗い落としても残った、うっすらとした血の染み。
わたしはスカーフを眺め、目を細めた。
スカーフを持つ手はあたたかい。青臭く痛々しい青春時代の息遣いが、そこに今でも籠っているような気がした。誰もが乗り越えなければならない青春の痛み。
瞼を閉じて、思い出す。
私の人生を変えた映画、「楽園」のワンシーン。
今思えば、いい映画ではあるが、それに感銘を受けて人生が変わったというのは理解しがたいかもしれない。老人と少年では、感じ方が違うということだろう。
今となっては、わたしの心を動かすのは、少年の頃のわたしの決意そのもの。長い時を隔てもはや別人のように思えるからこそ、愛おしくてたまらない。
だからこそ、別れを告げよう。もうおまえは、どこにもいないのだから。
ゆっくりと眼を開けて、わたしはスカーフを炎の中にひらりと落とした。
1d6…5
想起:中年期【娘の写真】
体験(1d6)…3/離別
関係(1d6)…5/単独
感情(1d6)…5/絶望、諦め、失意、疎外感、空虚
帰結(1d6)…3/裏切
わたしは、娘の夫に、それまで育ててきたフィジカでの事業の権利をだまし取られた。
そのとき、娘ははるか遠くの惑星に輸送されるため、どことも知れない宇宙航路でコールドスリープ状態になっていた。妻をはるか光年の彼方に引き離して、その男はようやく本来の凶暴性をむき出しにしたのだ。
フィジカの法がわたしを、私の財産を守れないと知った時、わたしの目の前は真っ暗になった。
誰にも打ち明けることのできない苦悩の底で、身もだえ、叫び、むせび泣いた。
住み慣れた家の維持費すら支払えなくなり、妻と二人、逃げるように小さなコンパートメントへ移り住んだ。
苦悶しながらもその日その日を生きている中、わたしの元に手紙が届いた。
それは娘からの手紙だった。子供を抱いた娘の幸せそうな笑顔。隣に立つ、誰よりも憎い男の笑顔。
わたしはその写真を鞄にねじ込み、ついに妻には渡さなかった。それは老年も近づき衰えつつあったわたしの、小さな裏切りだった。
今思い返して、わかることもある。
わたしはなぜ、妻にその写真を見せなかったのか……
わたしは、その男を憎んでいた。娘が送ってきた家族写真で見てもなおはっきりと、明瞭に、輪郭を持って憎み続けていた。
だが、もし……
妻が、その憎しみを和らげるようなことを言ってしまったら。妻が、私ほどにはその男を憎んでいなくて、それがわたしにも影響を与えてきたら。そう思うと、怖くなったのだ。
私は恐れていたから、写真を隠した。
自分の弱さを知れたのは、これほど時間が経ったからだ。
その写真は、炎の中でねじれながら燃え尽きていった。
1d6…4
想起:壮年期【黒革の手帳】
体験(1d6)…1/破壊
関係(1d6)…2/友人
感情(1d6)…4/楽しさ、友情、愛着、好奇⼼、享楽
帰結(1d6)…1/放棄
その時のことを思い出すと、爽快な心地になる。惑星フィジカの片隅で興した会社が軌道に乗り、私は朝も夜もなく働いていた。
私の製鋼会社は、フィジカで採れる特殊な鉱石に最大限の価値を与えることができた。その分野の専門家である友人を得たこともあり、私は毎日、未知の領域を読み解き、踏み込む楽しさに酔い痴れていた。
手帳に書き込むのが追い付かないほど、たくさんの人と会い、さまざまなことを決めた。
これこそが働くということだと、生きているということだと、確信して疑わなかった。
思い出すのは、掘削機械の振動。機械油のにおい。
あの時は気づかなかった。
自分たちは、間違いなく、この惑星フィジカを壊すことで財を得ていたのだと。
気づかないまま、続けていた。
自分が負うべき責に気づかないまま、利益を上げることに血道を上げ続けた。
わたしは手帳を見返し終えて、音を立てて閉じた。
あの狂騒の日々の果てがこの暗闇の底に通じていたのだと思うと、空虚と諦念が胸の奥に広がっていく。自分は何のためにあんな熱狂していたのだろうと、冷めたつぶやきが耳元に零れる。
全て、遠い過去。
それ以上の意味はないのだ。
わたしは手帳を火にくべて、深いため息をついた。
全て失われて行く。何もかもが無意味だった。気づいていたはずなのに、また気づいてしまった。
想起:幼年期【犬のぬいぐるみ】
体験(1d6)…6/団欒
関係(1d6)…6/家族
感情(1d6)…4/楽しさ、友情、愛着、好奇⼼、享楽
帰結(1d6)…6/円満
少しだけ、うたたねをしていたようだ。
涙が睫毛を湿らせていた。
袖口で瞼を拭い、わたしは目を開く。
夢を見ていた。たった一つ、この手元に残ったぬいぐるみの夢を。
このぬいぐるみを与えられたときのことは、どう頑張っても思い出せない。わたしはこのぬいぐるみを気に入っていたらしいが、正直なところそんな記憶もない。
ただ、いつの間にか、どこに行くのもこのぬいぐるみがあるのが当たり前だと思っていた。このぬいぐるみの名前は「ジョン」であり、他のどんなぬいぐるみともおもちゃとも違うのだと当然のように確信していた。
「本当にこの子が好きね」
笑いを含んだ母の声が、耳のうちに蘇る。
母さん。なぜ、その声すら思い出せなかったのだろう。なぜ、今思い出せたのだろう。
子供だったわたしは、その言葉にからかわれているような気がして、不満な顔で答えたのだ。
「ジョンが、ぼくを好きなんだよ」
遠い春の日。明るい日差しの下。母の微笑み。少し離れて見ていた父の優しい眼差し。
世界の何もかもが当然のようにわたしを愛していると、確信していた日のこと。
「母さん、父さん」
わたしは縋るように呟き、滲む涙をぬいぐるみに吸わせた。
今、この手を離したら、愛されていた実感すら闇の中に消えて行ってしまう気がした。
わたしは、ぬいぐるみを燃やすことができなかった。
残火
わたしの手元には、汚れたぬいぐるみだけが残っている。
他の品物……スカーフ、小説、手帳、写真、手紙は、焚火に投げ込まれた。
多くの思い出をくべた焚火は、火の手を上げて燃え盛っているようだ。
わたしは目を閉じた。
荒廃し、枯渇した鉱山惑星……いや、廃坑惑星フィジカ。
年寄りが骨を埋めるには、なかなか悪くない場所だ。だが、地の底に埋めても、炎の中に消しても、残響し続けるのが人の思いというものだ。
この一晩、焚火のそばで体を温めて、それから動き出そう。
フィジカの天候調整装置を直すなら、かつて身に着けた知識が役に立つかもしれない。
娘婿に会社を奪われてから、ただの狂った老人でしかないわたしに責任ある仕事を任す者はいなかったが……この状態のフィジカでは、妨げる者もいないだろう。
何かを始めるつもりはない。だが、この暗闇に訪れる明日を信じることにする。わたしに根差した愛が、喜びが、そうすべきだと言っていた。
コメント