古代の廃墟に立つ姿。
崩れかけた石の上に、裸足で、ただ一人。
彼女のドレスはあまりにも華やかで、彼女の剣はあまりにも暗い。
ゲーム概要
Princess with a Cursed Swordは、タロットカードとコインを使用してお姫様の苦難に満ちた冒険譚を紡いでいく1人用RPGです。
基本的におとぎ話を書くような筆致で、三人称で描くことになっています。
導入
昔むかし、ある平和な王国に、可愛らしいお姫様がいました。
お姫様の名前はアンジュ。優しく気品に溢れる娘で、王国の人々に慕われ、愛されて、彼女が立つ場所にはいつも清らかな光が差し込んでいるかのようでした。
そんなアンジュにも、15歳の誕生日が近づいてきます。
王国のひとびとは皆アンジュの成人を祝い、待ち望み、王国中で祝祭が催されました。
王国の習わしで、王族の子女の成人式には様々な賢者が訪れ、祝福の言葉と共に聖別した贈り物を手渡すことになっています。
元渉外官の賢者はペーパーナイフを、財政の助言者として今も王宮に出入りしている賢者は天秤秤を、異国からやって来た賢者は香水瓶を。贈り物一つ一つに、人生の先達の暖かな思いと、若き姫の未来への希望が込められていました。
黒衣の賢者が、姫の前に頭を垂れます。
赤いクッションに乗せられた抜き身の剣が、高々と差し上げられました。
「贈り物に、剣を?」
「さよう。御国の難事に立ち向かう強さと勇気を、姫様に持っていただきたく」
賢者は恭しく語ります。
確かに、国政に関わっていくことになれば、敢然として対処することも必要となるでしょう。姫は賢者の力強い諫言に胸を打たれて頷き、剣の柄へ触れました。
その瞬間……
アンジュ姫の運命の弦が破滅の音色を音高く奏で始めたことを、その場にいる誰もが知りました。
空は掻き曇り、冷え冷えとした黒き旋風が巻き起こります。それはアンジュ姫の式典のドレスをはためかせ、金色の巻き毛を乱して、その頭上を輝かしく飾る美しいティアラを振り落としてしまいました。
黒衣の賢者が、自らかなぐり捨てるようにフードを外します。
そのこめかみからは捻じれた長い角が二本、天を呪うように伸びていました。
その瞳は赤く、裂けた口は邪悪な笑いを漏らします。
「我が呪いは成れり!」
その場にいる誰もが、アンジュ姫に剣を渡した賢者の正体に気付きます。
それは、悪魔。善き人々を陥れ、堕落をもたらす地獄の住人です。
「汝が手にしたのは『国食らい』の呪いの剣。王族の手にて振るわれれば、必ずやその国は悲惨なる破滅の道を歩む」
「呪いの剣……何と汚らわしい!」
アンジュ姫は鋭く吐き捨て、手にした剣を投げ出そうとします。
しかし、呪いによる束縛はすでにアンジュ姫を支配しているようです。姫は剣を捨てることはできず、力なく柄を握り締めたまま刃先をゆっくりと地面に落としました。
「汝は知ることになろう。呪いは逃れられぬゆえに、呪いと言うのだと」
「なぜ、何のためにこんなことを!」
「此処に問いはあり、答えは秘跡にある。秘められし遺跡、ソルデンクラウンに!」
悪魔の高笑いは、その姿が霧のように消えても、式典の場に残っていました。
アンジュ姫は呪われし剣を手にしたまま、しばらくその場に立ち尽くしていました。その混迷を破ったのは、兄である王子の厳しい声でした。
「国食らいの呪いのことが真であれば、我らが王国がその破滅から確実に逃れる方法は二つしかない」
「お兄様……」
見たことがないほど厳しい顔で、王子は妹を見つめています。
「アンジュ。そなたを殺すか、追放することだ」
「……!」
「そなたが王宮に戻れば、すぐにそのどちらかが実行に移されるだろう。話し合いで決めるようなことではないからね、とても速やかに。今は戻ってはならないよ」
王子はアンジュに近寄り、触れることはなく人差し指で地平の彼方を示しました。
「お前は行かなければならない。ソルデンクラウン。そこに答えがあるならば、他の方法はないだろう」
そして王族のガウンを脱ぎ、姫の細い肩へと着せかけました。
アンジュは着せ掛けられたガウンを引き寄せ、しばらくの迷いの後、苦渋を込めてただ一度だけ小さく頷きました。
旅の始まり
ソルデンクラウンへの短い旅の中で、式典のためにあつらえられた美しい靴は凶器のように牙を剥き、姫の足をずたずたにしてしまいました。
姫は靴擦れに耐えかねて靴を脱ぎ捨て、裸足になって、石造りの遺跡の中へ飛び出しました。
姫が手にした『国食らいの剣』は、声なき邪悪な囁きを望まざる主へと流し込んできます。それはただ姫の気持ちを暗く落ち込ませるだけに留まらず、人を騙し、死をもたらす技術の一端をも、姫の記憶にきざみこんでこようとしました。
「あなたは、私を使って何がしたいの」
割れた石畳、折れた石柱。遠い時代の栄華が名残を残すばかりの遺跡を歩み、姫は剣に尋ねます。
「不幸を望んでいるのさ。お前に不幸になってほしいわけではない。より多くの不幸の運び手になってほしい」
剣が笑いを含んで答えます。
「あなたの思いどおりになんか、ならないわ」
姫は硬い表情で告げて、剣の柄を握る手に力を込めました。
探索
1回目:Six of coins
姫はふと立ち止まりました。行く手を阻むように、六人の男が立っています。彼らはいずれも粗末な身なりですが、この地域に吹く冷たい突風から身を護るために毛皮のマントを身にまとっています。そして、手斧や短剣で思い思いに武装していました。
姫はスカートの端を摘まみ、優雅に挨拶をしました。
「ごきげんよう。私はこの遺跡に、呪いを解きにきたの」
「そいつは奇遇だな」
盗賊たちが、にやりと笑います。
「俺達は、獲物を探しに来たんだ」
…1 Coin toss.
…Head.
山賊たちは狡猾にも姫を取り囲んで襲い掛かりましたが、姫は迷わずひらりと身をかわし、容赦なく剣を振るいました。鮮血が飛び散り、山賊の一人が背中から肺を突かれて悲鳴を上げて倒れます。山賊たちは傷ついた仲間を抱え、一目散に逃げ出しました。
2回目:Two of Swords
「あのひとたち、何だったのかしら」
山賊たちは何の答えももたらしてはくれませんでした。姫は少し不満げに呟いて、鮮血の張り付いた剣をぴっ、と振るい、血の滴を払い飛ばします。
「何か考えるより先に、体が動いていたわ……これも、呪いの力?」
呪いの剣は答えません。姫も最初から、そんなことは期待していませんでした。姫は肩をすくめて歩みを進め、この広大な遺跡地帯に残された神殿の前で足を止めました。
「呪いに関わるものがあるかもしれない」
途方もない作業を一つずつ片付けるのは、真面目な姫の得意とするところでした。姫は冷たい石の階段に裸足の足の裏をひたりと落とし、身震いしながら登っていきました。
神殿の入り口には、恐ろしくも威厳に溢れた番人の像が二体一対で置かれています。
姫が近づくと、番人の像の首がゴゴッ、と回り、石の瞳がびかりと光りました。
…1 Coin toss.
…Head.
番人が振り下ろした青銅の槍斧は、しかし姫に届く前にぼきりと折れ飛んでしまいました。どうやら長い時間を経て、すでにぼろぼろになってしまっていたようです。
もう一人の番人が青銅の盾で殴りつけてくるのを姫はひらりとかわし、聖堂の中へ滑り込みました。
3回目:Eight of Coins
聖堂の広い空間には光が満ち、天井は遥か高く、姫の知らない神のシンボルが掲げられています。干上がった水盤、礼拝の席、そして美しい宝石で飾られた刃物の鞘。もしかして、と手にした剣の先を押し込んでみますが、明らかに長さが違いすぎました。どうやらこれは、短剣のためのもののようです。
「刃物の方はどこかにあるのかな?」
儀式のために刃物の鞘だけを作る、と言うのも、遠い昔の宗教ではあったことなのかもしれません。姫はあいまいな心地で言いながら、姫は聖堂を一通り回り終え、横合いに続く小さな扉を開けました。
そこは書庫のようです。長年締め切られていた狭く薄暗い部屋は埃っぽく、静まりかえっていました。
姫はためらいながら室内へ踏み込み、そっとドアから手を離して室内を見回しました。
そのとき、本棚の影で黒い何かが揺らぎ、蠢き、やがてざざっ、と耳につく音を立てて飛び掛かって来ました。
…1 Coin toss.
…Head.
呪いの剣が唸りを上げます。それは比喩ではなく、その邪悪な魂そのものが、金切り声を上げているのでした。
「これは我の獲物だ!」
姫はその叫びに驚きましたが、突き動かされるままに剣を振るいます。呪いの剣は黒い閃光を迸らせ、襲い掛かろうとしてきた影を八つに切り裂いてしまいました。
姫を襲おうとしていたのが、ただの獣のたぐいではなく、悪霊のように実体のない恐ろしい怪物だったことが、滅びゆくその姿を見ればわかります。姫は剣を下げ、カラカラの喉に唾を呑み下しながら、それが消え去っていくのを眺めていました。
「助けてくれて、ありがとう」
呪いの剣は答えません。姫はいつの間にか上がっていた息をゆっくりと整えて、本棚を探すことにしました。
姫が心得のある言語で書かれていて読めそうな本から、興味のある内容……呪い、祝福、儀式、伝説、そういったものについて書かれている本が八冊見つかりました。
4回目:The Lovers
姫はゆっくりと時間をかけて、その書物を読み解きました。
「神への嘆願……」
特に注意を引いたのは、その言葉でした。
呪詛に立ち向かう方法というのは、この時代においても驚くほど少なかったようです。その数少ない方法の一つが、呪詛を齎したものより上位の存在に直接歎願して注意を引くことでそれを打ち消すというものでした。
歎願を受け入れる望みがある神の名が並んでいます。もちろん、それには相応の手間をかけ犠牲を払った儀式が必要になるようです。
「少しは、望みが見えてきたかもしれない」
姫は書物の内容を注意深く読み返し、記憶に刻み込みました。
5回目:Knight of Coins
肝心の儀式の詳細を記した祭祀の書物は古ぼけていて、ほとんどの内容は読み解くことができませんでした。
それをしまって、何気なく他の本を手に取ります。その赤い革表紙を開いた途端に、力の奔流がぶわっ、と渦巻き、溢れ、姫を包みました。
それは肉体を強化しスタミナを持たせる《強靭》の魔術書。魔力を受け取り、導き入れることに成功すれば、魔術は姫の身体を賦活し、次の戦いを有利に導くでしょう。
…1 Coin toss.
…Tail.
突然魔力の奔流が流れ込み、姫は耐えられずに倒れてしまいました。酷い激痛と眩暈で立ち上がれず、埃の積もった床の上を転がります。魔力は執拗に姫の中に流れ込んでこようと大蛇のような形を成して書庫を暴れまわり、本をめちゃくちゃに吹き飛ばして本棚を壊してしまいました。
魔力の不適合による激痛は一晩続き、気が付けば姫はめちゃくちゃになった書庫に死体のように倒れ、虚ろな目で天井を見上げていました。
長時間の苦痛は、姫の戦いの意欲を挫くのには十分だったようです。しかし、行動しなければ呪いは解けません。
震える脚に力を込めて、姫は立ち上がりました。
…次回に続く
(タイトルを間違えていたのがさすがに恥ずかしかったので再投稿しています)
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