The Pack -南の島の贈り物-

The Pack -南の島の贈り物- プレイログ

The Packについて

The Pack」は、開けてはならない「箱」を手にし、箱を開けたいという抑えられない衝動に耐えながら時間を過ごしていくソロジャーナルです。プレイは「来着・分析・最後」という三つの場面に分かれ、六面ダイス1つを使用するシンプルなルールで進行します。短時間に不思議な体験を綴ることができるでしょう。

1ページに収まるソロジャーナルとして、Xで公開されています。

ジャーナル

導入

樫理(かしり)島の名を知る者は、あまり多くない。
長崎県沖の小さな島で、島内の人口は100人程度。本土を往復する連絡船が島の生活の要で、島で生まれた子供は信号機も歩道橋も知らずに育つ。島で一番大きい雑貨店の売れ筋商品は、合わせ味噌と無洗米だ。

どんなに小さな集落でも、そこで人が暮らしていれば秩序が必要になるものだ。

私の名前は田中 平良(たなか たいら)。警察学校を卒業したばかりの19歳。樫理島の駐在として、本土から赴任してきた警察官だ。私のように若い警官は島への赴任をことさら嫌がるみたいだが、私はそんなに嫌じゃなかった。長崎には島が多いし、島の人々の生活を守ることに熱意を持てないなら、わざわざ長崎県警に就職するのはおかしな話だ。

来着

…3/正体不明の人物に有無を言わさず渡された。

自転車で島内を見回りしていると、島中の人々に声を掛けられ。あるいは掛けることになる。私のように若い男はこの島では珍しいので、よくからかわれたり子供のように扱われたりする。一番多いのはお裾分けだ。外回りを終えて帰ってくると、だいたいいつも私の自転車のかごにはビワやミカンが入っていることになる。
そんな風に、何かをもらうのに慣れていたせいで――
突然手渡されたそれを、私は何も考えずに受け取ってしまった。

「え?」

気が付いたら、しっかりした蓋のついた紙製の箱を手に持っていた。私は目を白黒させて、箱を渡した人物を見た。
黒いフードをかぶっていて、顔立ちはほとんどわからない。身長は160cm前後で、体格は細身、性別さえ曖昧だ。ただ、影から微かにのぞく口元が、うっすらと笑ったのだけが見えた。

「この箱を、持っていてください」
「困ります」

とっさにその言葉が出てきたが、箱を渡した人物は全然構うつもりがないみたいだ。私の制止の言葉など聞こえていない様子で背を向けて、畑を貫くように伸びた道路を歩いていく。
私はもう一度その箱を見た。いわゆるギフトボックスというやつで、紙製だが作りはしっかりしている。模様はないが、渋みのあるダークグレイで、高級感がある。リボンではなく紙テープを接着して箱を閉じてあるので、これを破らないと箱を開けることはできないだろう。
プレゼントと思うのが自然だろうが、やっぱり不気味だ。だいたい、持っていてください、という言葉には、開けていいという意味が含まれていないように感じる。
私は再び顔を上げ、呼び止めようとしたが……その時にはすでに、箱を渡したフードの人物の姿は消えていた。

分析

…4+1/人肌程度の温度を感じる。

箱を自宅に持ち帰って、テーブルの上に置いた。駐在に用意されていた家は畳敷きの民家だが、自力で簡単なリノベーションを施して椅子とテーブルで生活している。実家が昔からそうだったので、こっちのほうが落ち着くのだ。古い畳に座っているともぞもぞして、嫌な気がする。
ともあれコーヒーを飲みながら、箱を観察する。
なんで私に箱を渡したんだろう。この箱は何なのだろうか?
疑問は尽きないが、状況が状況だ。とにかく箱を開けるのは後回しにしたほうがよさそうだ。触って分かることがあれば確かめてみるのはいいかもしれない。

私は箱をそっと手に取り、そしてすぐに手放した。
嫌な感触が残る手を太ももですりすりと擦り、しかめっ面で呻く。

「なまあたたかい……」

まさに人肌だ。ほんのりと、どこか湿っぽい温もりがある。しばらく眺めてからもう一度触ってみたが、それは時間をおいても消えることはなかった。
一体この中には何が入っているんだろう?
気になる反面、確かめるのが怖くなってきた。扱ったり冷たかったりするのはわかるけど、この微妙な温度はなんだか気持ちが悪い。だが、もしこの温度が突然冷めてしまったりすると、それはそれで気になって仕方がない気がする。

最後

…4+1/生物。一般的な生物か、尋常ならざる生物かは自由に決める。

私は思い切って紙テープを破り、蓋を開けた。

「みーう」

かぼそい鳴き声が聞こえて、硬直する。箱ががさがさと揺れて、その中でちんまりと縮こまっていたふわふわした生き物がわさわさと動き私を見上げるように動いた。
ふわふわした白い毛皮の生き物だが、動物らしい耳や鼻は見当たらず、純然たる毛玉のように見える。だが手を近づけるだけでふわふわと温かく、箱の奇妙な温もりはこの生き物が発していたものに違いないと確証が持てた。
小さな口が開いて、赤い舌が見え隠れする。私を見上げている目はどうやら毛足の向こうに埋もれているようだ。
それはおよそ、見たことのない生き物だった。私は困惑して手に持った蓋を見るが、蓋を閉めることはなくテーブルの上にそっと置いた。

「ペットショップなんて、この島にはないからなあ」

それは諦めの言葉だった。

「私のためにペットを持ってきてくれたのかな、あの人」

温めたミルクを小皿に注いで、置いてみる。毛玉のような不思議な生き物は皿に飛びつき、熱心にミルクを舐め続けて、一言

「みう!」

と鳴いた。
間違いなく普通の生物ではないが、しかし、それは愛情を注がない理由にはならない。
嬉しそうな鳴き声と、親しげに私を追いかける見えざる視線は、私の孤独な生活がこれから間違いなく変わっていくことを暗示しているようだった。

「これから、よろしくな」

私はそっと箱の中に手を差し入れて、その生き物の背中を撫でた――

「みう!」

また元気の良い声が響いて、私の右手は肘から先がなくなった。

もご、もご、と生き物が顎を動かしている。その白い毛皮は血に汚れていて、小さな顎からぼたぼたと赤いしずくがテーブルに広がる。私の肘の断面、赤くて、骨が突き出していて、骨の中の、黒いのが、吹き出す、、血が止まらない。

「え?」

「みうみう」

私は呆然と呟いて、ふらりと一歩下がった。生き物は軽快なしぐさで箱を飛び出し、私の血だまりを踏み越えて、ゆっくりと私に近づいてくる。
捕食者の牙が見える。あんなに小さな口なのに。
樫理島の夜は不気味なほど静かで、大声を上げても誰も駆けつけはしない。それは当たり前の話だった――駆けつけるべきお巡りさんは、私は、私の、今、ああ、腕が、足が、腸が。

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